目次
はじめに

「管理職には残業代が出ない」という話を耳にしたことがあるかもしれません。
しかし実際には 管理職でも残業代が発生するケースは多く、誤解されやすい領域 です。
この記事では、管理職の時間外労働や残業代ルールをやさしく整理し、
- どんな管理職が残業代の対象になるのか
- 管理監督者の正しい定義
- 36協定との関係
- 裁判例や実務でよくある誤解
- 健康管理や勤怠管理の義務
これらを総合的にわかりやすく解説します。
人事担当者・現場の管理職・経営者など、管理職の労務管理に関わるすべての方に役立つ内容です。
管理職でも残業代が必要なケースとは?
先に結論(まずここだけ押さえてください)
管理職でも、労働基準法で定める「管理監督者」に当てはまらない場合は、一般労働者と同じように残業代が必要 です。
実はこのルールは非常に誤解されやすく、多くの企業トラブルの原因となっています。
- 肩書きが管理職だから
- 店長だから
- チームリーダーだから
といった 「役職名だけ」では、管理監督者とは認められません。
むしろ実務では、
管理職の大半が「管理監督者に該当しない」ため、時間外手当や深夜手当の支払いが必要になる ケースの方が多いのが実情です。
なぜ役職があっても残業代が必要になるのか?
ここで重要なのは、法律が重視しているのは“肩書き”ではなく“実態”であること です。
つまり、企業がどれだけ「管理職だから残業代は不要」と説明していても、
実際の働き方が次のような状態であれば、法律上は一般社員と同等と判断されます。
▶ 1. 勤務時間の裁量がほとんどない
- 出社・退社時刻が厳密に決められている
- シフトも本部や上司が指定する
- 遅刻・早退も一般社員と同様に管理される
→ 自分で働き方をコントロールできなければ「裁量あり」とは認められません。
▶ 2. 人事や店舗運営の決定権がほぼない
- アルバイトの採用に最終判断権がない
- 売上目標・予算は本部が決定
- 設備投資や発注の裁量も限定的
→ 経営者と同じ視点で働いているとは言えません。
▶ 3. 一般社員と待遇があまり変わらない
- 基本給がほとんど同じ
- 役職手当がわずか
- 責任に比べて報酬が低い
→ 法律上の“管理監督者待遇”とは認められにくくなります。
▶ 4. 業務量に対して労働時間が過大(長時間労働が常態化)
- 月60〜80時間残業が常態化
- 業務の過多により早く帰る裁量がない
→「裁量労働で自由に働ける立場」とは言えません。
これらが当てはまる管理職はどうなる?
これらの実態がある場合、たとえ肩書きが「課長」「店長」「マネージャー」であっても、
法律上は 一般労働者扱い(残業代支払い義務あり) になります。
そのため、
- 時間外手当(25〜60%)
- 深夜勤務手当(25%)
- 休日労働手当(35%)
など、未払いの割増賃金を請求できる可能性が高くなります。
実際、多くの裁判で「店長」「店長代理」「課長補佐」などが管理監督者と認められず、
過去2〜3年分の未払い残業代の支払い命令が出ている という現状があります。
管理職が残業代を「もらえるケース」が多い理由
結論から言うと、
現代の企業では“裁量のある真の管理監督者”の数は極めて少ない ためです。
- 事業規模が大きい
- 本部決裁が強い
- マニュアルで運営される
- 店舗運営が本部管理
このような企業構造では、管理職といっても
実態としては一般社員と変わらない働き方 になりやすいため、「管理監督者扱いにはならない」ケースが圧倒的に多いのです。
逆に、真の管理監督者とはどんな立場?
次の特徴がそろっている場合は、残業代がつかない“管理監督者”と認められやすいです。
- 店舗や部門の最終意思決定者である
- 出退勤や休暇を自分の判断で調整できる
- 経営会議に参加し、重要判断に関与している
- 給与水準が明らかに高く、役職給も大きい
しかしこの条件を満たす管理職は、全国的にもごく一部に限られます。
管理職と管理監督者の違い
「管理職」とは?会社の中での呼び方
まず、「管理職」という言葉は会社の中での役職名・ポジションの呼び方です。
- 課長
- 次長
- 部長
- 店長
- マネージャー
といった肩書きが典型例です。
これらは
「どの部署をまとめているか」「どのくらいの責任を持っているか」
といった社内の役割や階層を表しているにすぎません。
ポイントはここです。
👉「管理職」という肩書きそのものには、法律上の残業代ルールへの“直接の意味”はない ということです。
社内で「あなたは管理職だから残業代は出ません」と言われていても、
法律上は“ただの役職名”としてしか見られないことがよくあります。
「管理監督者」とは?法律上の特別なポジション
一方で、「管理監督者」は、
労働基準法が特別扱いしている“法律上の概念”です。
労働基準法41条では、管理監督者について
- 労働時間
- 休憩
- 休日
などの規定を適用しない(=適用除外)としています。
つまり、管理監督者に当たるかどうかで
- 残業代(時間外手当)を支払うかどうか
- 36協定の対象になるかどうか
- 法定労働時間の上限規制を受けるかどうか
といったルールが大きく変わってしまうのです。
管理監督者と認められやすいポイント
裁判例や行政の考え方を踏まえると、管理監督者として扱われるには、だいたい次のような実態が必要とされています。
① 経営側と一体的な立場で重要な判断をしている
- 店舗や部署の運営方針に深く関わっている
- 売上目標・予算・人員配置などの重要事項に意見できる
- 会議などで経営側に近い立場で判断・調整をしている
「現場で指示を受けて動くだけ」ではなく、
“決める側”として動いているかどうか がポイントです。
② 自分の働き方を自分でコントロールできる(労働時間の裁量)
- 出退勤時間をある程度自分の判断で調整できる
- 会議などを除き、何時から働き始めるか・何時に切り上げるかを自分で決められる
- 遅くまで働いた翌日に、少し遅めに出社するなどの調整が可能
一般社員のように「何時に出社・何時に退社」と細かく管理されている場合は、
管理監督者とは認められにくくなります。
③ 給与や待遇が一般社員と明確に異なる
- 基本給が明らかに高い
- 役職手当・管理職手当などが厚く支給されている
- ボーナスや評価の仕組みが一般社員と大きく違う
もちろん「高給だから絶対に管理監督者」というわけではありませんが、
責任に見合った待遇になっているかどうか
は、判断材料として非常に重視されます。
2つの違いをざっくり整理すると…
イメージとしては、次のように整理できます。
管理職
→ 会社の中での「役職名・ポジション」
→ 法律的には、そのままでは特別扱いにならない
管理監督者
→ 法律上、「時間外・休日・休憩の規定が適用除外になる人」
→ 実態として、経営側に近い立場・高い裁量・それに見合う待遇 が必要
つまり、
👉「管理職」 ⊃ 「管理監督者」ではなく、
👉「管理監督者」は、管理職の中でもごく一部の“本当に経営側に近い人”だけ
というイメージの方が現実に近いです。
よくある誤解と「名ばかり管理職」問題
ここで一番多いのが、次のような誤解です。
「課長や店長になったんだから、残業代は出ない」
「管理職手当をもらっているから、もう時間外手当は不要」
しかし、
肩書きや社内ルールだけで管理監督者と決めることはできません。
「名ばかり管理職」の典型例
たとえば、こんなケースです。
- 店長と呼ばれているが、シフトは本部が細かく決定している
- 採用・解雇・評価の最終決定はすべて本部やオーナーが行っている
- 部下の勤怠も本部システムで管理されており、自分の裁量は少ない
- 一般社員より少し手当がついているだけで、給与差はわずか
- 勤務時間も「9時〜18時」「遅番12時〜21時」など、一般社員と同様に固定されている
こうした場合、裁判所は
「肩書きは管理職だが、
実態は一般社員と大きく変わらない」
と判断し、管理監督者とは認めず、未払い残業代の支払いを命じることが多くなります。
なぜこの違いを最初に理解しておくべきか
この記事のテーマである
- 管理職でも残業代が必要なケース
- 36協定との関係
- 勤怠管理や健康管理の義務
- 店長の残業代請求が認められるパターン
といった論点は、すべて
「管理職」と「管理監督者」をきちんと分けて考えられるかどうか
にかかっています。
ここで誤解したまま話を進めてしまうと、
- 企業側は「うちは管理職だから残業代は不要」と思い込んでリスクを抱える
- 労働者側は「管理職だからあきらめるしかない」と権利を失ってしまう
という、どちらにとっても好ましくない状態になりがちです。
管理監督者の時間外労働の扱い
時間外労働の割増は原則なし(まず押さえたいポイント)
管理監督者に該当すると、労働基準法上は
- 時間外手当(残業代)
- 休日労働手当
- 深夜労働手当
といった 法定の割増賃金の規定が“適用除外” となります。
これは、管理監督者が 「経営に近い立場として働き方の裁量をもっている」 と法律が判断しているためです。
そのため、形式上は:
「どれだけ長く働いても法的には残業代が発生しない立場」
という扱いになります。
ただしここで重要な前提があります。
▶ 就業規則で支払うと定めている場合は支払い義務が生じる
会社によっては、
- 管理職にも深夜手当を支給する
- 管理監督者にも固定残業代を支給する
- 休日出勤には手当を出す
など、法定以上の社内ルールを設けている場合があります。
このときは、
法律よりも社内規程が優先される(=規程に沿って支払う義務がある)
という点が実務上とても大切です。
なぜ「割増賃金なし」がトラブルの原因になるのか?
結論としては、
“管理監督者に当たるかどうか” の判断が難しく、誤分類が多いため
です。
法律では「管理監督者はごく少数」という考え方が基本になっていますが、企業側が広く“管理職=管理監督者”とみなしてしまうことがあり、
これが後に大きなトラブルにつながります。
以下、実務で問題が起きやすい理由を解説します。
実務で問題が起きやすい理由
① 実態として裁量がない
管理監督者とは、「自分の責任で働き方を調整できる立場」を前提にしています。
しかし実務では、
- 出退勤時間が指定されている
- シフトが本部で管理されている
- 業務量が多く、早く帰る自由がない
など、働き方が一般社員とほぼ同じ であるケースが非常に多く見られます。
裁量がない状態で長時間働かされている場合、裁判では「管理監督者ではない」と判断される傾向が強いです。
② 実質的に一般社員と変わらない待遇・権限
たとえば、
- 給与が一般社員に近い
- 役職手当がごく少ない
- 人事権や評価権がない
- 店舗運営の最終決定権もない
という状態だと、「名ばかり管理職」である可能性が非常に高い と見なされます。
裁判では「待遇と責任のバランス」を重視するため、
責任だけ重く、待遇が伴っていない場合は管理監督者とは認められません。
③ 長時間労働が常態化している
多くの判例で指摘されているのが、
長時間労働が常態化している管理職は、裁量がない証拠になりやすい
という点です。
もし本当に裁量があるなら、
- 業務を調整する
- 人に任せる
- 早く帰る判断ができる
はずです。
しかし、実際には
- 休日出勤が当たり前
- 月80〜100時間残業
- 店舗の人手不足により帰れない
といった状況が多く、こうした状態は裁量の欠如を示す事実として扱われます。
そのため未払い残業代が認められやすく、「店長=管理監督者」という固定観念はほぼ通用しません。
「割増賃金なし」の仕組みは誤解しやすい
■ 誤解①:「管理職だから残業代が出ない」
→ × 管理職と管理監督者は別物。
→ 役職だけで法律上の扱いは変わらない。
■ 誤解②:「手当が付いているからチャラになる」
→ × 手当の金額と責任のバランスが重要。
→ 少額手当では裁判で管理監督者と認められないケースがほとんど。
■ 誤解③:「裁量があると会社が説明しているから問題ない」
→ × 重要なのは 会社の説明ではなく“働き方の実態”。
→ 実態が伴わなければ管理監督者として扱えない。
結論:ここで伝えたい最重要ポイント
- 管理監督者は法律上、割増賃金の適用除外になる特別な立場
- しかし「管理監督者と認められるのはごく一部」
- 多くの管理職は一般社員扱いで残業代が必要
- 裁量なし・長時間労働・待遇が低い管理職は特に誤分類リスクが高い
- 誤分類は未払い残業代請求(数百万円〜数千万円)に発展する場合がある
流れに沿って言い換えるなら、
管理監督者だから残業代が不要なのではなく、
“本当に管理監督者として働いている実態がある場合のみ”不要になる
という形が、一番誤解がなく正確です。
なぜ36協定は管理職に適用されないのか?
36協定(サブロク協定)は、企業が労働者に 法定労働時間(1日8時間・週40時間)を超えて労働させるために必須となる労使協定 です。
一般労働者は、この基準を超えて働く場合、必ず36協定が必要になり、さらに「月45時間・年360時間」の時間外労働の上限規制を受けます。
しかし、ここで疑問が生まれます。
- 「なぜ管理職には36協定が必要ないのか?」
- 「なぜ上限規制が適用されないのか?」
その理由は、労働基準法が「管理監督者」を 経営に近い立場として特別扱い しているからです。
管理監督者は「時間外労働」という概念の外にいる
労働基準法41条では、管理監督者について以下の規定が“適用除外”とされています。
- 労働時間
- 休憩
- 休日
つまり、法律上は 「管理監督者は、何時間働いても残業という概念が原則として存在しない」 という扱いになります。
そのため、以下の結論になります。
- 36協定は不要
- 月45時間などの上限規制も適用されない
これは、管理監督者が「自分の裁量で働く」「会社の重要な判断に関与する」という前提に基づいているためです。
一般労働者との違いを整理すると…
一般労働者の場合
- 1日8時間 / 週40時間を超えると 36協定が必要
- 時間外労働の上限(45時間/360時間)が適用
- 労働時間は会社が管理する
管理監督者の場合
- 労働時間規制が 適用除外
- 36協定は不要
- 上限規制なし
- 働き方の裁量が大きい(という建前)
では「管理監督者なら無制限に働かせてよいのか?」
結論:絶対にNOです。
上限規制こそ除外されますが、次の義務は消えません。
- 健康管理義務(安全配慮義務)
- 労働時間の把握義務(厚労省ガイドライン)
- 長時間労働者への面談・措置義務(安衛法)
つまり、
「残業規制の対象外=好きなだけ働かせてもよい」ではありません。
むしろ最近の行政・裁判例では、
- 管理監督者であっても勤怠管理が必要
- 長時間労働への企業責任は重く判断される
という傾向が強まっています。
なぜ管理職に36協定が必要ないのかを一言でまとめると?
「管理監督者は、労働時間を自分で決められる立場にある」という前提があるため、時間外労働の規制対象にそもそも入らないから。
ただし現実には、
- 裁量がない
- 労働時間が管理されている
- 一般社員と待遇がほぼ同じ
という“名ばかり管理職”が非常に多く、この前提が崩れているケースがほとんどです。
この場合は当然、管理監督者扱いにはならず、36協定の規制が適用され、残業代の支払い義務も発生します。
管理職でも深夜手当は必要?
結論(まずここだけ押さえておきたいこと)
原則として、管理職であっても深夜手当は必要 です。
管理監督者」は、労働時間・残業・休日の規制は適用除外になりますが、
深夜(22時〜5時)の割増賃金の規定は除外されません。
ただし、会社によっては
「深夜手当を別枠で支給する」
「役職手当や年俸の中に深夜労働分を組み込む設計にしている」
といった運用をしているため、就業規則や雇用契約書の確認が非常に重要 です。
なぜ管理職でも深夜手当が必要なのか?
深夜手当は、
- 夜間労働が心身への負担が大きい
- 生活リズムへの影響が大きい
といった理由から、労働時間とは別枠で保護されている仕組み です。
そのため、管理監督者については
- 労働時間
- 休憩
- 休日
といった部分のルールは適用除外になりますが、深夜労働に対する割増(通常賃金の25%以上)は保護の対象のまま です。
「管理職だから、深夜に働いても割増は一切なし」という扱いは、法律の考え方からすると非常に危うい運用と言えます。
よくある誤解と実務での“つまずきポイント”
現場でよく見られる誤解は次のようなものです。
- 「管理職だから残業代も深夜手当も出ない」
- 「管理職手当を払っているから、深夜の分も含まれているはず」
- 「年俸制だから時間に応じた手当は不要」
しかし、実務では次の点が問題になります。
- 役職手当や年俸に「どの程度の時間外・深夜労働を含んでいるのか」が明確でない
- 実際の深夜労働時間が、その“みなし時間”を大きく超えている
- 就業規則に深夜手当の扱いが曖昧にしか書かれていない
このような状態だと、「深夜の割増分が実質的に支払われていない」と判断され、未払い賃金として問題になるリスク が高くなります。
就業規則での扱いパターン
会社ごとに、深夜手当の設計は大きく分けて次のようなパターンがあります。
深夜手当を別枠で支給するタイプ
給与明細に「深夜勤務手当」「深夜割増」などの項目がある
管理職であっても、22時〜5時の労働時間に応じて割増が計算される
役職手当・管理職手当に含めるタイプ
「役職手当に、一定時間分の時間外・深夜労働を含む」と就業規則や契約書に明記
その範囲を超える労働が常態化すると、追加支払いが必要になる可能性が高い
年俸制で包括しているように見えるタイプ
「年俸に時間外・深夜労働を含む」とざっくり書かれているだけ
内訳が不明確だと、後々トラブルになりやすい
どのパターンであっても、“深夜時間に対して、法律上必要な水準の割増が支払われているか” が判断のポイント になります。
何を確認しておくべきか(人事・管理職共通のチェックリスト)
管理職本人も、人事担当者も、次の点は必ず押さえておきたいところです。
- 就業規則に「深夜手当」「深夜割増」の項目があるか
- 管理監督者について、深夜手当をどう扱うかが明記されているか
役職手当や年俸に含める設計にしている場合
その根拠となる
- 想定時間数
- 内訳(〇時間分の深夜労働を含む など)
がきちんと定められているか
給与明細で、深夜手当がどのように表示されているか
これらが曖昧なままだと、「実は何年も深夜労働の割増を払っていなかった」という形で、過去分の請求を受けるリスク が高まります。
まとめ:管理職の深夜手当で押さえるべきポイント
管理監督者でも、深夜手当(22時〜5時の割増)は原則として必要
「管理職だから深夜手当もいらない」という運用は、法的に非常に危険
実務では
- 別枠支給
- 役職手当・年俸に含める
のどちらの設計にしているかで扱いが分かれます。
どの設計を採るにせよ
就業規則・雇用契約書に明記
給与明細での扱い
実際の深夜労働時間との整合性
をチェックすることが不可欠
人事・労務の視点では、「管理監督者の深夜手当はどう設計し、どう説明するか」 が
企業のリスク管理と従業員の納得感の両方に直結するポイントになります。
管理職の長時間労働と安全衛生法の関係
管理監督者は、労働基準法上は「時間外・休日労働の規制からは一部除外される特別な立場」ですが、
だからといって 健康管理まで例外になるわけではありません。
むしろ、長時間労働による健康障害(うつ病・脳・心臓疾患・過労死など)のリスクは、
管理職の方が高くなりやすいため、企業には強い安全配慮義務・健康管理義務があります。
なぜ管理職にも健康管理義務が及ぶのか?
安全衛生法の考え方はシンプルで、
- 「どの役職か」ではなく
- 「その労働が健康に悪影響を与えるおそれがあるかどうか」
を基準にしています。
そのため
- 一般社員
- 管理職
- 管理監督者
のいずれであっても、長時間労働や強いストレスにさらされていれば、同じように保護の対象 になります。
「管理職だから、多少無理をしても当たり前」という発想は、今の法令・裁判例の流れとは完全に逆行していると言えます。
企業が実施すべき主な措置
管理監督者であっても、次のような措置は企業側の重要な義務・責任として位置付けられます。
長時間労働者への面接指導
一定時間を超える長時間労働が続いている従業員(管理職含む)については、
産業医・医師による面接指導を実施することが求められます。
本人の申出や、医師の意見を踏まえて
- 時間外労働の削減
- 配置転換
- 業務内容の見直し
などの措置を検討する必要があります。
ストレスチェック
一定規模以上の事業場では、年1回のストレスチェック制度 が義務付けられています。
管理職・管理監督者も対象となり、
高ストレスと判定された場合には、医師面談や職場環境の改善などの対応が必要です。
労働時間の把握
「みなし」や「自己申告」だけに頼らず
- タイムカード
- PCログ
- 入退館記録
などを用いた 客観的な労働時間の把握 が求められています。
管理職だけ勤怠記録をつけさせない、という運用は、健康管理義務・後の証拠保全の両面から、非常にリスクが高い運用です。
業務量やシフトの調整
面接指導やストレスチェックの結果、健康リスクが高いと判断された場合には、
- 残業時間の削減
- 担当業務の見直し
- 人員増強による負荷軽減
- 勤務シフトの調整
など、具体的な「負荷を下げる施策」 を検討・実施することが重要です。
「管理監督者は時間外規制の外」でも、健康面では同じ保護対象
繰り返しになりますが、
労基法の時間外規制
→ 管理監督者は「適用除外」とされる部分がある
一方で、健康管理・安全配慮の義務
→ 管理監督者も一般社員と同じように保護の対象
というのが現在のルールです。
そのため、
- 管理職だから勤怠をつけさせない
- 管理監督者だから長時間労働でも放置
- 「自己管理」の一言で片づける
といった運用は、安衛法上の義務違反・安全配慮義務違反として、後に大きな責任問題に発展し得る 点に注意が必要です。
一言でまとめると、
「管理監督者は時間外規制の“外”にいるが、健康管理の観点では“外”にはいない」
というのが、安全衛生法との関係で一番押さえておくべきポイントです。
管理職の勤怠管理は義務か?
結論
管理職・管理監督者であっても勤怠管理は事実上の義務になっています。
かつては、
- 管理職にはタイムカード不要
- 管理監督者は「自己管理」だから勤怠記録を取らなくてよい
と考える企業が多くありましたが、今の法令運用・裁判例は完全に逆方向です。
なぜ管理職にも勤怠管理が必要なのか?
近年の行政通達・裁判例では、
以下の3つの観点から 管理職も勤怠管理の対象である という考え方が確立しています。
1. 健康管理のため
過労死・メンタル不調は
一般社員より 管理職の方が発生しやすい という統計もあり、
健康リスクの高い層として扱われています。
そのため、安全衛生の観点で
- 過労状況の把握
- 長時間労働者の面談
- 医師意見を踏まえた負荷調整
といった措置をするには、そもそも労働時間を正しく把握していなければ何もできません。
2. 労務トラブル予防のため
- 未払い残業代請求
- 過労死認定
- パワハラ・メンタル不調
などの問題は、労働時間管理ができていない企業で発生しやすい傾向があります。
「勤怠管理がされていなかった」こと自体が、企業側の責任を重くする要因になりうるため、
管理職でも勤怠管理をすることがリスク回避になります。
3. 証拠保全のため(裁判で必須になる)
近年の裁判実務では、
- タイムカード
- 入退館ログ
- PCログ
- スマホ位置情報
- メール送信履歴
- シフト記録
など、客観的な労働時間の証拠が非常に重視されています。
管理職だけ勤怠記録を取っていない企業の場合、
- 「本当にこの人は管理監督者だったのか?」
- 「どれだけ働いていたか証拠がない」
- 「健康管理措置をしたという記録はあるのか?」
といった点で 裁判で不利になるケースが多くなっています。
具体的な勤怠管理の方法(管理職でも必要)
管理監督者であっても、今の実務では次のような手法を組み合わせて勤怠管理が推奨されています。
- タイムカード、打刻システム
- PCログ(起動・シャットダウン時間の記録)
- 入退館カード記録
- 自己申告+上長確認
- 勤怠乖離チェック(打刻漏れ・過負荷の検知)
- 健康診断・ストレスチェックの結果モニタリング
- 36協定対象外者向けの独自労働時間管理制度
特に厚生労働省のガイドラインでは、「自己申告制の場合でも、企業は客観的な労働時間把握努力義務を負う」 とされています。
つまり、勤怠を自己申告させるだけでは足りず、企業が内容を確認し補完する必要があります。
まとめ:管理職でも勤怠管理は必要
✔ 管理監督者は労基法の時間外規制から一部除外される
✘ しかし 健康管理・安全配慮・証拠保全の観点から勤怠管理は必要
✔ 昔の「管理職は自己管理だから勤怠不要」
✘ 今の法令運用では 重大な企業リスク
企業側が取り組むべき方向性は明確で、
管理職=勤怠管理から外す、という時代は終わっている
という点が、この記事全体の流れとも強く一致する部分です。
管理監督者判断のポイント(裁判例から学ぶ)
管理監督者かどうかは 肩書きではなく“実態”で判断されます。
裁判所が重視するポイントは、次の4つに整理できます。
1. 裁量の有無(勤務時間を自分で調整できるか)
・出退勤の時間を自分で決められるか
・業務配分や休暇取得を自分で調整できるか
もし「本部からシフト指定」「遅刻・早退を厳格管理」されているなら、
裁量がない=管理監督者扱いは難しい と判断されます。
2. 人事権への関与(採用・評価・配置に影響を与えられるか)
・部下の採用・評価・配属・給与決定に関与しているか
・最終決定権を持つ、または実質的に影響力があるか
単なる「意見を聞かれるだけ」や「上層部が全て決める」場合は、
管理監督者としての位置づけは弱くなります。
3. 給与・待遇の水準(一般社員と明確な差があるか)
・基本給の水準が高いか
・役職手当や成果報酬が十分か
・一般社員との待遇差が明確か
責任だけ重く、給与が一般社員と大差ない場合、
裁判では管理監督者と認められない傾向が非常に強い です。
4. 実態と肩書の一致(名ばかり管理職でないか)
・肩書きが課長・店長でも
実態が一般社員と変わらなければ 管理監督者とは認定されません
典型例
・店長だがシフトは本部が決定
・採用権がない
・残業の自由もない
・給与もほぼ変わらない
こうした場合は 名ばかり管理職 とされ、
未払い残業代の支払いが命じられるケースが多数あります。
★裁判所の基本スタンス
✔ 肩書きや説明を信用するのではなく、働き方の実態を見て判断する
✔ 経営側に近い立場かどうか
→ 裁量・人事権・待遇・働き方で判断
✔ 実態が伴わない管理職は
→ 一般労働者扱いとなり、残業代の支払い義務が生じる
この視点が、企業の労務管理でも、管理職本人の権利理解でも、
誤解を防ぐうえで非常に重要なポイントです。
店長は管理監督者なのか?
結論として店長=管理監督者とは限りません。
裁判例を見ても、店長という肩書きだけで管理監督者と認められることは少なく、
実態によっては 一般労働者と同じ扱い(=残業代が必要) と判断されるケースが圧倒的に多いです。
店長でも管理監督者にならない典型例
次のような状態で働いている店長は、法律上「裁量がある管理監督者」とは見なされません。
・シフトが本部や上司の指示で決まる
・人員採用や評価の決定権がない
・本社の方針に従うだけで、意思決定権がない
・一般社員と同じ定時管理を受けている
・長時間働かされても調整する自由がない
こうしたケースは、「名ばかり管理職」と判断されやすい典型パターンです。
裁判例の傾向
・飲食チェーン店長
・小売店長
・サービス業店舗責任者
こうした業界を中心に、店長の残業代請求が認められた判決が多数あります。
理由は明確です。
店舗運営は裁量ではなく本部によって強く管理されている
→ 実態が管理監督者ではない
そのため、
「肩書きが店長だから残業代は不要」という企業の説明は、裁判ではほぼ通用しません。
★ここでの重要ポイント
✔ 店長でも管理監督者とは限らない
✔ 実態が伴わなければ一般社員扱い
✔ 裁判では未払い残業代が認められるケースが多数
つまり、
企業側にとっては誤分類が大きなリスクとなり、
労働者側にとっては請求できる権利がある可能性が高い領域と言えます。
管理職の残業時間はどこまで許される?(違法性の判断)
● 管理監督者の場合
管理監督者は労働基準法の時間外規制が適用除外になるため、
法的な残業時間の上限そのものは設定されていません。
そのため、形式的には
・どれだけ長く働いても
・「残業時間の上限違反」という扱いにはなりにくい
という立て付けになっています。
しかしここで大きな落とし穴があります。
労働時間の規制から外れているだけで、
健康管理の義務が免除されているわけではない
ということです。
そのため管理監督者であっても、
・過労死ライン(月80時間超)
・長時間労働による健康障害
・安全配慮義務違反
・長時間労働者への面談義務違反
といった論点で、
会社の管理責任が問われるケースが増えています。
裁判でも、
「規制対象外だから放置してよい」という企業の主張は否定され、
管理監督者でも勤怠把握と健康管理は必須
という流れが定着しています。
● 管理監督者でない管理職(一般労働者扱いの場合)
労働基準法上は以下が基本ラインです。
✔ 月45時間超 → 原則違法(一般則)
✔ 年360時間超 → 実質違法(例外条項なし)
さらに、特別条項があっても
✔ 月100時間超
✔ 2〜6ヶ月平均80時間超
といった水準は、重大な違反・労災認定の対象・指導の対象 とされやすくなります。
つまり一般労働者扱いの管理職の場合、
・月45時間を超えると基本はアウト
・100時間を超えると重大なリスク
・企業の管理責任が問われる
という構造になります。
★ここでの重要ポイント
✔ 管理監督者は法的な残業上限がない
→ しかし健康管理義務違反や過労死リスクで企業は責任を負う
✔ 管理監督者でない管理職は
→ 月45時間超で原則違法
→ 100時間超なら重大違反と判断されやすい
つまり、
「管理職だから長く働かせていい」は誤りであり、
どちらの立場でも企業の管理責任は重くなる
というのが現代の実務と裁判の考え方です。
企業が取り組むべき実務対応
管理職の労働時間管理や残業代の扱いは、
誤解や思い込みで運用すると企業リスクが非常に大きくなる領域 です。
そのため、以下の4点は実務として必須の対策になります。
1. 職務内容と権限の明確化
まず、
「役職名ではなく実態で判断される」という法律の前提から、
✔ 店長・課長などの役割
✔ 人事権の範囲
✔ 労働時間の裁量の有無
✔ 経営判断への関与度
✔ 責任と待遇の整合性
を明確化する必要があります。
そのために企業が整備するべきなのが
職務記述書(ジョブディスクリプション)
です。
曖昧なままだと、
裁判で「名ばかり管理職」とされるリスクが高まります。
2. 勤怠管理の徹底
近年の行政と裁判所の考え方では、
管理監督者であっても、
労働時間の把握は必須
というスタンスが定着しています。
具体的には:
・PCログ
・打刻システム
・自己申告+承認
・勤務表の精査
など、客観的に残業時間を記録できる仕組みが必要です。
3. 健康管理体制の強化
管理監督者も含め、長時間労働者への措置は義務です。
✔ 面接指導
✔ ストレスチェック
✔ 医師の意見反映
✔ 休養指示・業務再配分
などの運用が求められます。
特に「過労死ライン超え」の社員に対しては、
放置すると企業は責任を免れません。
4. 誤分類リスクの回避
もっとも多い失敗が、
「管理職=管理監督者」と思い込むこと
です。
裁判例では、
✔ 肩書きだけの管理職
✔ 本社が全て指示する店長
✔ 裁量ゼロの課長
が多数、管理監督者と認められていません。
そのため企業は
定期的に「この人は本当に管理監督者と言えるか?」
実態ベースで見直す仕組み
を持つことが重要です。
★まとめ
企業が守るべきポイントは、
・役割の定義を曖昧にしない
・勤怠と健康管理を形式だけにしない
・誤分類を防ぐチェック体制を持つ
という “実態に基づく適正な運用” です。
これができていれば、
・未払い残業代請求
・労災認定
・企業の安全配慮義務違反
といった重大なリスクを大幅に回避できます。
よくある質問(Q&A)
Q. 管理職でも残業代は請求できますか?
A. できます。
ただし条件があります。
その管理職が法律上の「管理監督者」に該当しない場合は、
一般労働者と同じ扱いとなり残業代の請求が可能です。
実務では、店長・課長クラスでも管理監督者と認められないケースが多数あるため、
請求が通る事例は非常に多い領域です。
Q. 肩書きだけの管理職はどう扱われますか?
A. 実態で判断されるため、“名ばかり管理職”なら残業代が発生します。
たとえ会社が「残業代は出ない」と説明しても、
・裁量がない
・決定権がない
・一般社員と待遇が変わらない
といった実態がある場合、法律上は一般労働者と見なされます。
そのため、肩書きだけでは管理監督者になれない
というのが裁判所と行政の一貫した考え方です。
Q. 深夜手当は必ず出る?
A. ケースによります。
法律上、管理監督者には深夜手当の規定も適用除外ですが、
企業が就業規則で
・管理職にも深夜手当を支給する
・固定残業代とは別に深夜割増を出す
などと定めている場合は、
その社内ルールに従って支払う義務が発生します。
つまり、
法律上は除外でも、就業規則で支給すると決めていれば支払う必要がある
という仕組みです。
★ポイントとして押さえるなら…
✔ 管理職でも残業代は請求できるケースが多い
✔ 重要なのは肩書きではなく実態
✔ 深夜手当は就業規則の内容次第で支払い義務が発生
この3点を理解しておくと、
管理職の労働時間管理における誤解やトラブルを防ぎやすくなります。
まとめ
この記事では、管理職の残業代・労働時間・法律上の扱い を
実務・判例の流れに沿ってわかりやすく整理しました。
最も大切なポイントは次の6つです。
企業側にとっては、
✔ 適切な分類
✔ 勤怠と健康管理の徹底
✔ 就業規則の整備
が欠かせません。
労働者側にとっては、
✔ 自分の立場が本当に管理監督者に当たるのか
✔ 実態と待遇が一致しているか
を理解しておくことが、権利を守るための第一歩になります。
制度と実態のズレを正しく理解し、双方が健全な働き方を実現できることが、これからの組織運営に欠かせない視点です。