目次
はじめに
本シリーズは「管理職 所定労働時間不足」をテーマに、管理職(とくに労基法上の管理監督者)の所定労働時間を下回った場合の法的扱いや現場での運用をわかりやすく整理することを目的としています。
目的
- 管理職の働き方と労務管理のポイントを具体例を交えて説明します。
対象読者
- 人事・労務ご担当者、管理職本人、経営者、労働時間管理に関心のある方。
本書の構成(全6章)
- はじめに(本章)
- 管理職・管理監督者とは何かを整理する
- 管理職の労働時間の上限・下限の基本ルール
- 管理職にも勤怠管理は必要か
- 「所定労働時間不足」のときに何が問題になるのか
- 管理職の所定労働時間不足と「欠勤控除」の法的扱い
読み方のポイント
- 実務での判断に役立つよう、具体的な事例やチェック項目を示します。法律的な判断が必要な場合は、最後に専門家へ相談する旨をお伝えします。
以降の章で、定義やルール、実務上の注意点を順を追って丁寧に説明していきます。どうぞ気軽に読み進めてください。
管理職・管理監督者とは何かを整理する
管理監督者は法的な概念です
労働基準法第41条2号で定義される「管理監督者」は、企業内の呼び名である「管理職」とは別物です。呼び名だけで適用除外になるわけではなく、要件を満たす場合に限り労働時間・休憩・休日の規制が適用されません。
主な要件(分かりやすく3点に整理)
- 経営者と一体的な立場にあること
例:人事や予算に関して経営と意見を交わすレベルで、会社方針に関与する役割がある。 - 出退勤の時間管理に裁量があること
例:始業・終業を上司の指示で固く決められていない、出張や残業の判断を自分で行える。 - ふさわしい処遇があること
例:役職手当や年収が一般社員より高く、責任に見合う給与体系が整っている。
名称と実態の違いに注意
名刺や役職名が「課長」「部長」でも、実際に上の要件を満たさなければ残業代の支払い義務が生じます。裁判でも実態が重視されます。
企業側の実務ポイント
職務内容や権限を明確に書面で整理し、処遇や時間管理の実態を示す記録を残すとよいです。労働者側も自分の業務実態を把握しておくと安心です。
管理職の労働時間の上限・下限の基本ルール
上限(長時間労働)
管理監督者は労働時間・休憩・休日に関する規制の適用除外になります。つまり法定労働時間や時間外労働の上限規制は直接は適用されません。とはいえ、深夜(一般に22時〜5時)の割増賃金や年次有給休暇の付与は適用されます。
具体例:管理職のAさんが月100時間の長時間労働、かつ深夜業務がある場合、深夜割増は支払われますが時間外上限規制は直接適用されません。ただし、長時間が続くと安全配慮義務違反のリスクが高まります。一般的な目安として月80時間程度の時間外相当が続くと過労死ラインに近づき、企業は健康管理や労働時間の是正を行う必要があります。
下限(短時間労働)
法律上、管理職の労働時間に明確な下限規定はありません。ただ極端に短い労働時間が続き、職務を適切に遂行できない場合は問題になります。例えば管理職Bさんがほとんど出社せず実務指示や判断を行えないとき、職務適合性や雇用管理上の課題が生じます。
事業者の注意点
長時間や短時間いずれの場合も、企業は安全配慮義務を果たし、健康管理や業務量の見直しを行うべきです。労働時間の実態把握と適切な指導が重要になります。
管理職にも勤怠管理は必要か
本章の要点
働き方改革関連法で、管理監督者でも企業には労働時間の状況把握義務が課されています。目的は、一般社員の時間外労働規制のしわ寄せを管理職に過度に押し付けないためです。
なぜ勤怠管理が必要か
企業は全従業員の労働状況を把握し、健康確保や労働時間の適正化を図る責任があります。管理職であっても長時間労働が発生すれば健康リスクや職場全体への悪影響が出ます。把握しないまま放置すると、労務管理の不備として問題になります。
どのように把握するか(実務例)
- タイムカードや入退室記録(ICカード)
- PCログやVPN接続履歴
- 勤怠システムへの自己申告(補助資料としてメールや業務日報)
実務ではこれらを組み合わせます。自己申告のみで実態と乖離があれば、会社は確認や是正を行う必要があります。
会社と管理職それぞれの対応
会社側:測定手段を決め、記録を定期的に点検し、長時間者には面談や業務調整を行います。記録の保存や運用ルールを明確にします。
管理職側:客観記録を残し、深夜や休日の業務は報告します。負担が大きい場合は上司と相談し、業務配分を見直してください。
実務上の注意点
プライバシーに配慮しつつ、客観的データを優先して把握します。自己申告と記録が異なるときは、会社は理由を確認し、必要なら運用を改善する責任があります。
「所定労働時間不足」のときに何が問題になるのか
概要
管理監督者は労働基準法の時間規制が適用されない一方で、就業規則や雇用契約で定めた「所定労働時間」を下回る勤務が続くと、企業側・本人側の双方に問題が出ます。ここでは、現場で起きる具体的な懸念点を丁寧に説明します。
業務遂行上の問題
所定時間を満たさない状態が常態化すると、会議の欠席や報告遅延、部下指導の不足などが起きます。例えば、朝礼に長期で遅刻する管理職がいると、部署全体の規律が乱れやすくなります。これにより業務の停滞やチームの士気低下が生じます。
給与と欠勤控除の問題
所定労働時間不足は、賃金計算や欠勤控除の扱いで争点になります。実務では「欠勤控除をしてよいか」が重要な論点で、判断を誤ると労使トラブルに発展します。詳細な法的扱いは次章で扱いますが、現場では慎重な対応が必要です。
人事評価・懲戒のリスク
職責を果たしていないと判断されれば、人事評価が下がり、改善命令や懲戒処分につながる可能性があります。特に役職手当が付いている場合、職務遂行の実態と報酬のバランスが問題視されやすいです。
企業が取るべき実務対応(具体例付き)
- まず事実確認を行う:出退勤記録や業務ログ、部下や関係者の報告を集めます。例:会議出席履歴やメール送信時間。
- 本人と面談して事情を聞く:業務量の偏りや健康問題など背景を把握します。例:在宅勤務で記録が薄れる場合は業務内容で確認。
- 改善計画を提示する:期待する勤務時間や業務内容を明確にし、期限を設定します。
- 記録を残す:面談結果や改善指導は書面で保存します。労使紛争を回避するため重要です。
これらの対応で、単なる数の不足を超えて職務遂行の実態を公平に評価する土台が作れます。次章で、欠勤控除などの法的な扱いについて詳しく説明します。
管理職の所定労働時間不足と「欠勤控除」の法的扱い
概要
フレックスタイムで管理監督者が月の所定労働時間を満たさない場合、給与からの欠勤控除が許されるかが問題になります。結論として、管理職であっても就業規則や労働契約で明確に定めがあれば控除可能です。
法的ポイント
・労働基準法が賃金全額払の原則を定めますが、欠勤に対する控除は例外的に認められます。
・重要なのは「就業規則・給与規程に明確な規定」があることと、控除の算定方法が合理的であることです。
実務上の注意
・控除すると最低賃金を下回らないか確認してください。
・控除の基準(時間換算の方法、単価)は具体的に示す必要があります。
・労使協議や就業規則の周知を行い、運用は一貫させます。
具体例
月給30万円、所定労働時間160時間のところ120時間しか勤務しなかった場合は、欠勤40時間分を時間給換算して控除できます。ただし計算方法は規程で定めます。
従業員への助言
就業規則や給与規程をまず確認し、不明点は人事に相談してください。変更があれば書面での説明を求めましょう。