目次
導入:なぜ「標準」が必要か
標準とは何か?
みなさんは「標準」と聞いて、どんなイメージを持つでしょうか。料理で言えばレシピ、スポーツで言えばルールブックのようなものです。標準とは、何かをスムーズに進めるための共通ルールや基準のことを指します。
標準がプロジェクトに求められる理由
プロジェクトの進め方は人それぞれですが、やり方がバラバラだとトラブルが発生しやすくなります。たとえば、同じような仕事を何度もする場合、毎回違う方法だと成果のばらつきやミスが増えることがあります。標準があれば、誰が取り組んでも、一定の品質や進め方を保つことができ、安定した結果につながります。
背伸びをし過ぎないための基準
また、標準はチームや担当者が過度に難しい方法や複雑な手順に頼ったりすることを防ぐ役割もあります。例えるなら、運動初心者の方がプロのアスリートと同じトレーニングメニューを無理にこなそうとすると、体を壊してしまいますよね。標準を守ることで、無理のないやり方で着実に進めることが可能です。
世界の知識体系や国際規格を参考に
さらに、世界中で使われている知識体系や国際的な規格を参考にすると、汎用性や信頼性の高い枠組みを自分たちのプロジェクトに活用できるようになります。これにより、企業や組織を越えて通用する手法を身につけることができます。
次の章では、世界の主要な標準がどのように位置づけられていて、どんな違いがあるのかを見ていきます。
世界の主要標準の位置づけと違い
PMBOK:実務指向のグローバル標準
PMBOK(Project Management Body of Knowledge)は、米国のプロジェクトマネジメント協会(PMI)が策定した標準です。多様な業界や組織で利用されており、現場でプロジェクトを進めるときの実践的な手順や管理方法を詳しく紹介しています。PMBOKは歴史的に、「5つのプロセス」と「10の知識エリア」という分類で広まり、たとえば「スケジュール管理」や「リスク管理」などプロジェクトのコントロール方法を具体的に解説しています。
ISO 21500:国際共通の基本ガイドライン
ISO 21500は、国際標準化機構が定めたプロジェクトマネジメントの国際規格です。PMBOKよりもさらに簡潔にまとめられており、およそ32ページの中で基本的な考え方や大まかなプロセスを示しています。つまり、細かなノウハウよりも「プロジェクトを管理するうえで大切な共通言語」や「枠組み」としての位置づけです。そのため、実務ではこのISO 21500を使って大きな流れや共通認識をおさえ、詳細な実践方法はPMBOKに頼るという併用が効果的です。
P2M:日本発の“大規模・複合”対応標準
P2M(プロジェクト&プログラムマネジメント標準)は、日本で生まれた標準です。特徴は、大規模なプロジェクトや複数プロジェクトをまとめる「プログラムマネジメント」を重視している点です。たとえば、新幹線の建設や大規模再開発のように、多数の取り組みが同時並行で進むケースで役立ちます。
標準の使い分け:実践例
どの標準を使うかは、プロジェクトの規模や組織の狙いによって異なります。たとえば、日常的なIT開発などにはPMBOKを活用し、組織全体や国際案件で共通認識を持たせたい場合はISO 21500を根拠とする。大規模・複雑な事業にはP2Mの考え方を取り入れる、という使い分けが現実的です。
次の章に記載するタイトル:PMBOKの進化:第6版から第7版、そして第8版の論点
PMBOKの進化:第6版から第7版、そして第8版の論点
第6版の基本構成
PMBOK(プロジェクトマネジメント・ボディ・オブ・ノレッジ)は、長年にわたり国際的なプロジェクト管理の「教科書」の役割を担ってきました。第6版までは「5つのプロセス群」(立ち上げ・計画・実行・監視コントロール・終結)と「10の知識エリア」(スコープ管理、スケジュール管理、コスト管理など)を柱としており、チェックリスト的に手順を確認しながら仕事を進める方法が主流でした。多くの現場で「とりあえずこれを見れば迷わない」として頼れる基準でした。この仕組みは、ルールや手順が明確な分、同じやり方で進めやすいメリットがありました。
第7版での大きなパラダイムシフト
しかし時代の変化と共に、従来の細かな手順中心のやり方だけでは対応しきれない場面が増えました。第7版では「価値を届ける」というゴールに立ち返り、今までのプロセス重視から「12の原則(プリンシプル)」をベースとした柔軟なフレームワークへ大きく舵を切っています。プロジェクトの現場ごとの違い(規模、文化、技術など)を考慮し、「どうやるかは現場で調整(テーラリング)」する姿勢が求められるようになりました。従来の10知識エリアも8つの行動領域に整理され、細かい実務ガイドはデジタルプラットフォームへ移行しています。
第8版へのトレンド
さらに第8版では、原則のまとめ方・数が見直され「6つの原理へと再構成される可能性」が出てきています。時代の変化に合わせて、“何を守るべき基本観点なのか”がよりシンプルかつ本質的に整理され、広範な業界で国際標準ガイドとして使いやすくなる方向性です。
実務で重視されること
第7版以降、現場では「原則ベース+テーラリング」が標準となっています。従来の資産やチェックリストも捨てるのではなく、「原則」を上位の考え方として、自分たちのプロジェクト環境に合うかたちで柔軟に使いましょう。例えば、ITの新規開発と製造業の量産プロジェクトでは必要な手順や重要視するポイントが異なります。現場に合わせてガイドラインを「仕立て直す」姿勢が今後ますます重要です。
次の章に記載するタイトル:組織内「標準化」を成功させるポイント
組織内「標準化」を成功させるポイント
標準化の目的を明確にする
組織で標準を導入・運用するうえで、まず最初に大切なのは「なぜ標準化が必要なのか」を全員で共有することです。標準は、仕事のやり方を揃えて効率や品質を高めるものですが、形だけ整えてしまうと逆効果になりがちです。現場の声を反映させるためにも、「自分たちの働き方をより良くするため」という目的を忘れずに説明しましょう。
過度な負担は避け、実行可能な内容を設定する
「標準化」という言葉を聞くと、細かく決まりを作りがちですが、あまりに厳しいルールは現場で使われなくなります。最初から100点満点の完成度を求めるよりも、自社の実情や業務に合ったシンプルで実行しやすい内容を定めることが肝心です。たとえば、最小限必要なプロジェクト計画書やリスク管理表など、必要最低限の成果物から始める方法があります。
外部標準を参考に、自社流にアレンジ
PMBOKやISO 21500などの国際的な標準はあくまで参考資料としましょう。自社の企業文化やリソース、強みに合わせて書類や手順をアレンジしてください。たとえば、多国籍展開している会社なら各国で共通のシートを使うようにしたり、少数精鋭なら口頭報告を活用するなど、柔軟性が大切です。
役割と責任の分担、計画の周期をはっきり決める
標準には、誰がどの役割を持ち、どこまで責任を持つかを明確にしてください。それぞれの業務担当、承認者、管理者など、役割をはっきり分けて一覧にすると分かりやすくなります。また、計画作成や進捗報告などのサイクルも、「毎月」「四半期ごと」など、何をどれくらいの頻度で行うのか決めておくと、運用がスムーズになります。
PMOとPMの役割の明確化
プロジェクトマネジメントを支援する部門(PMO)は、組織全体の進め方を標準化する役割があります。各プロジェクトの管理方法をそろえたり、横断的なリソース調整をしたり、現場のプロジェクトマネージャー(PM)に研修やサポートを行うのが主な仕事です。PMOとPMの担当範囲を明確にして、お互いに補完し合える関係を築きましょう。
継続的な改善を忘れずに
標準は一度作ったら終わりではありません。プロジェクトが終わった後には、なにが良かったか・改善点はどこかをふり返り、次のプロジェクトに生かすことが大切です。いわゆるPDCA(計画・実行・確認・改善)サイクルを意識し、標準自体も絶えず見直し、組織に合ったものへと進化させていきましょう。
次の章では、「実務で使うフレーム:プロセスと原則のブリッジ」について解説します。
実務で使うフレーム:プロセスと原則のブリッジ
実務の現場では、プロジェクトの進め方として「プロセス(流れ)」と「原則(大切にすべき考え)」の2つを上手く組み合わせることが大切です。第6版で示された5つの基本プロセス──立ち上げ、計画、実行、監視・コントロール、終結──は、プロジェクトの全体的な進行をわかりやすく理解させてくれます。例えば、イベントの開催や新商品の導入といった一般的な業務でも、「まず目的をはっきりさせ、計画を立て、実際に動き、進み具合をチェックし、最後にプロジェクトを締める」という流れは多くの場面で応用できます。
ただし、現実には事前の計画通りに進まないことがよくあります。こうした「想定外」に強くなるためには、第7版で示された12の原則が指針となります。たとえば、"価値焦点"は「この作業が本当にお客様の役に立つのか?」と常に考える姿勢です。また、"テーラリング"は「自分たちの現場に合う方法・ツールを選んで工夫すること」を促します。プランどおりに進まないときも、これらの原則を意識することで柔軟な判断が可能になります。
今後の第8版では、「原則」と「成果物」「推奨プラクティス」を組み合わせた多層的な標準管理の考え方が重視される動きがあります。これによって、世の中の変化やプロジェクトごとの違いにも対応しやすくなります。つまり、決まった流れ(プロセス)と、その都度考えるべき大切な視点(原則)の両方を意識することで、実務で使える標準が作りやすくなるのです。
次の章に記載するタイトル:PMI標準ファミリーの把握と使い分け
PMI標準ファミリーの把握と使い分け
PMI(プロジェクトマネジメント協会)が提供する標準には、いくつかの種類があり、それぞれ役割や使い方が異なります。この章では、その三層構造と、どのように使い分けると効果的かを分かりやすく説明します。
1. 基本標準—プロジェクト全体の総則
基本となる標準は「ものさし」と考えるとイメージしやすいです。一番有名なのが「PMBOKガイド」ですが、その他に「プログラムマネジメント標準」「ポートフォリオマネジメント標準」があります。PMBOKは一つひとつのプロジェクト実行の考え方をまとめたものです。一方で、プログラム標準は複数プロジェクトを束ねて「全体の目標」を達成する場合、ポートフォリオ標準は、会社など組織全体の経営目標とプロジェクトの付き合わせを整理したいときに役立ちます。
【例】新しい製品A開発ならPMBOK、AとBの連携開発ならプログラム標準、会社全体の事業方針に照らすならポートフォリオ標準が使えます。
2. 実務標準&フレームワーク—具体的な手順や道具箱
基本標準で全体像を掴んだら、次は日々の仕事にどう活かすかが気になります。そこで「実務標準」「フレームワーク」が登場します。この層ではリスク管理、コスト管理、調達管理など個別テーマのやり方が詳細に書かれています。つまり「何をするべきか」は基本標準が示し、「どうやるか」はこの層が教えてくれるイメージです。
【例】リスク洗い出しの方法が分からなければ「リスクマネジメント実務標準」、契約管理のコツを知りたいなら「調達マネジメント実務標準」を参照します。
3. 実務ガイド—現場で迷ったときの羅針盤
さらに細やかな場面では「実務ガイド」が有効です。これは適用事例や 手順書のような位置付けです。たとえば「アジャイル実務ガイド」は、急な仕様変更や柔軟な進め方が求められる現場で役立つ情報がまとめられています。現場で「今困っている」「具体的な対応策を知りたい」ときに見るとヒントが得られるでしょう。
【例】短納期プロジェクトに柔軟対応したい場合、「アジャイル実務ガイド」にヒントがあります。
使い分けの目安
3層の標準をどう使い分けるかは「戦略整合→実行統合→プロジェクト現場」の流れで考えると分かりやすいです。まず経営レベルで「どのプロジェクトを進めるか」を考えるポートフォリオ標準、次に複数プロジェクトの全体調整を考えるプログラム/PMO標準、最後に個々のプロジェクトの進め方を考えるPMBOKや実務標準・ガイドを参照します。
次の章では、「PM/PMOに求められるスキルと標準の関係」について解説します。
PM/PMOに求められるスキルと標準の関係
PM(プロジェクトマネージャー)に求められる主なスキル
プロジェクトマネージャー(PM)は、プロジェクトを成功に導くために、さまざまなスキルを駆使します。代表的なものとして、コミュニケーション力、問題解決力、論理的思考(ロジカルシンキング)、方針を示すディレクション力、目標管理能力、状況を予測する力、ビジネス全体の視点、そしてITに関する知識などが挙げられます。例えば、工程遅れが発生しそうなときに早期に関係者と調整し、抜け漏れなく対応策を組み立てるには、これらのスキルが連動して働きます。
標準によるスキル強化の仕組み
上記のスキルは個人の経験や勘に頼るばかりではなく、プロジェクト管理の「標準」を活用することで体系的に伸ばせます。たとえば標準的な会議運営ルールやドキュメント作成手順があると、未経験者でも同じ品質の対応が期待できます。また、事例レビューやトレーニングプログラムなどを通じて、組織全体のスキル底上げも目指せます。たとえば、問題発見や解決のフレームワーク(チェックリストや手順書)を標準化して共有すれば、どのPMも同じ基準で現場対応できます。
PMとPMOのスキルと役割の違い
PMとPMO(プロジェクトマネジメントオフィス)では役割が異なります。PMは特定プロジェクトの現場責任者として、計画から完了までをリードします。一方PMOは、複数プロジェクトや全体を俯瞰して、標準や手順の策定、導入サポート、監査、人材育成など全体最適化の役割を担います。
たとえば、標準の「型」を作るのはPMOで、それを使いこなすのがPMです。PMOが定期的に標準の見直しや研修、監査を行い、PMが現場でそれを実践する…このサイクルが組織力向上につながります。
次の章に記載するタイトル:導入ステップ(サンプル・ロードマップ)
導入ステップ(サンプル・ロードマップ)
1. 現状診断から始める
導入の最初の一歩は、現状をしっかり把握することです。例えば、過去のプロジェクトで成功したこと、失敗したことを洗い出します。また、今使っている書類や会議の進め方、よく使うテンプレートなど、現場で「標準」となっているものを棚卸します。この作業によって、どんなところが強みで、逆に改善が必要かが見えてきます。
2. 標準の最小セットを定義する
現状診断をもとに、まずは皆が共通して使える「最小限の標準」を決めます。たとえば、全プロジェクトで必ず使う報告書テンプレートや、進捗管理の仕組みなどがそれに当たります。無理に最初から全部決めるのではなく、現場で「これだけは必須」というものに絞るのがコツです。
3. 外部標準(PMBOKやISO)とのすり合わせ
次に、外部の標準と照らし合わせます。たとえば、PMBOK第7版が掲げる本質的な考え方や、ISO 21500のような国際的なガイドラインと比べて、自分たちの標準が抜け漏れや独りよがりになっていないかを確認します。その上で、現場に合うようにアレンジ(テーラリング)を行います。
4. PMOによる展開支援
標準を作っただけではうまく回りません。そこでPMO(プロジェクト・マネジメント・オフィス)の役割が重要になります。現場の方々に対して標準の使い方について勉強会を開いたり、テンプレートを配布したりします。また、実際のプロジェクト運営をサポートするコーチングや、現場でプロセスを一緒に振り返る(伴走レビュー)も効果的です。
5. 継続的な改善サイクル
導入で終わりにはしません。実務で使ってみて「ここは使いづらい」「もっとこうしたほうがいい」という声を拾い、半年に一度や年一回など、定期的に標準を見直します。このとき、レトロスペクティブ(振り返り会議)を活用することで、現場の本音や課題がよく分かります。
次の章に記載するタイトル:参考:主要用語の要点
参考:主要用語の要点
PMBOK(ピンボック)
PMBOKは「プロジェクト・マネジメント・ボディ・オブ・ナレッジ」の略称です。これはプロジェクト管理に必要な知識や方法をまとめた国際的な基準書で、多くの業界や企業で活用されています。実際の職場では、このPMBOKに基づいてプロジェクト体制や進め方のルールを定める企業が増えています。
ISO 21500
ISO 21500は、国際標準化機構(ISO)が発行しているプロジェクトマネジメントに関する国際規格です。この規格では、プロジェクトに必要な基本的な考え方や進め方を簡潔に示しています。より広い範囲で通用するため、多国籍プロジェクトなどで指標として使われます。
P2M(ピーツーエム)
P2Mは日本で生まれたプロジェクト&プログラム・マネジメントの方法論です。特に複雑で複数にまたがるプロジェクトを同時に管理する場面で効果を発揮します。日本の実情や文化を反映している点が特徴です。
5つの基本プロセス
多くのプロジェクト標準で「5つの基本プロセス」が採用されています。
- 立ち上げ:まずプロジェクトを始める準備を行います。
- 計画:どうやって進めるかを具体的に決めます。
- 実行:実際に計画した作業を進めます。
- 監視・コントロール:進み具合を見ながら問題があれば修正します。
- 終結:プロジェクトをきちんとしめくくります。
実際の仕事でも、これらの流れを意識することで無駄や混乱を防げます。
第7版の12原則と第8版の動き
PMBOK第7版では、「価値への注目」「調整しやすさ」「品質作り込み」「リスクや複雑さへの対応」「柔軟さ」などの12個の原則が示されています。これは現場ごとの違いに対応できる考え方を提案しています。なお、第8版ではこの原則が6つに整理され、よりシンプルな形で体系化される動きが見られます。
PMI標準ファミリー
PMBOKを発行しているPMIでは、多様な実務にあわせて「PMI標準ファミリー」という枠組みがあります。大きく分けると、「基本標準」「実務標準&フレームワーク」「実務ガイド」の三つのグループです。これにより業種や業務内容に合わせて、最適な標準・ガイドラインを選ぶことができます。