プロジェクトマネジメント

テーラリングとは|プロジェクトマネジメントの本質と基本を詳しく解説

目次

はじめに

本記事は、プロジェクトマネジメントにおける「テーラリング」の意味や役割、具体的な手法、実践例、そしてPMBOKとの関係をやさしく解説します。テーラリングとは、プロジェクトの特性に合わせて管理手法や進め方を調整し、成果を最大化する考え方です。PMBOK第6版・第7版でも、その重要性が強調されています。

この記事のねらい

・テーラリングを初めて聞く方にも、要点をつかんでいただくこと。
・現場で迷いがちな「どのやり方を、どの程度やるか」を判断しやすくすること。
・PMBOKの考え方と、日々の実務をつなぐこと。

テーラリングをひと言で

レシピを家族の好みに合わせて味つけするように、プロジェクトの進め方を状況に合わせて調えることです。たとえば、短期間の社内イベントでは資料や会議を最低限にしてスピード重視で進めます。一方、システム導入のように影響範囲が広い仕事では、意思決定のルールやリスク対策を細かく整えます。目的は「やることを増やす」でも「減らす」でもなく、成功に必要な形へ最適化することです。

どんな人に役立つか

・これからプロジェクトに関わる新任リーダーや担当者の方。
・標準手順はあるが、現場になじまず困っている方。
・PMBOKを学び始め、実務への落とし込みに悩む方。
・品質とスピードのバランスを取りたい管理職の方。

読むと分かること

・テーラリングの意味と考え方の土台
・なぜ必要なのか(効果とリスクの視点)
・何を対象に調整するのか(プロセス、成果物、体制、ルールなど)
・実践の手順(観察→判断→合意→運用→見直し)
・規模や業種の違いによる具体例
・つまずきやすい点と成功のコツ
・PMBOKにおける位置づけ

身近なイメージでつかむ

・料理:同じカレーでも、家族の辛さの好みや食材で配合を変えます。プロジェクトでも、メンバーの経験や納期、予算に合わせて進め方を変えます。
・旅行:日帰りの近場と海外旅行では、準備と持ち物が変わります。仕事でも、規模や不確実性で必要な計画やチェックの深さが変わります。

本記事の使い方

・まず全体像を読み、次に自分の状況に近い例を探してください。
・導入できそうなポイントを1~2個だけ選び、小さく試します。
・効果が出たら範囲を広げ、合わない点は遠慮なく見直します。
・チームでの合意と記録を大切にし、認識違いを防ぎます。

テーラリングは「自由にやる」ことではありません。狙いと根拠を示し、関係者で合意し、試しながら調整する小さな工夫の積み重ねです。本記事を通じて、あなたの現場で今日から使えるヒントをお届けします。

テーラリングの定義と本質

テーラリングの定義と本質

前章の振り返り

前章では、プロジェクトは一つひとつ条件が違い、成功させるには状況に合わせて進め方を整える必要があることをお伝えしました。本章では、その考え方の核となる「テーラリング」を定義し、その本質を分かりやすく説明します。

テーラリングとは何か

テーラリングは、もともと洋服を着る人の体型や用途に合わせて仕立てることを指します。プロジェクトでは、標準的な進め方を土台にしつつ、規模・複雑さ・重要度・チーム体制・期限や予算などの制約に合わせて、やり方を選び取り、必要な調整を加えることを意味します。

ポイントは「全部やるか、全部やらないか」ではないことです。必要な要素は残し、重すぎる部分は軽くし、足りない部分は補います。言い換えると、目的達成に役立つ形に“ちょうどよく整える”ことがテーラリングです。

何を調整するのか(具体例)

  • 会議の頻度と参加者:毎日集まるのか、週1で十分か。全員参加か、要点だけ関係者で集まるか。
  • 成果物(資料やアウトプット)の粒度:詳細な報告書が要るのか、1ページの要点メモで足りるのか。
  • 役割分担:専任の担当を置くのか、兼任で回すのか。決める人は誰か。
  • 進行の区切り:月次で区切るのか、短いサイクルで確認するのか。
  • ツールとルール:高度な管理ツールを使うのか、共有スプレッドシートで十分か。レビューのタイミングはいつか。

例えば、小さな社内改善では「週1の短いミーティング+簡単な進捗メモ」で回します。一方で、取引先が関わる大きな導入では「合意記録、変更の手順、節目ごとのレビュー」を明確にします。

本質をなす5つの視点

  1. 目的から逆算します:成功基準(達成したい価値や守るべき制約)に直結するやり方だけを選びます。
  2. 文脈に合わせます:規模・複雑さ・重要度・チームの経験・外部との関わりに応じて重さを変えます。
  3. 合意と透明性を保ちます:関係者で「今回の進め方」をひと目で分かる形にまとめ、共有します。
  4. 試して見直します:やってみて重い・足りないと感じたら、区切りで調整します。
  5. 標準を尊重します:標準は基準点です。外すときは理由を添え、代わりに何で補うかを示します。

誤解しやすい点

  • ルール無視ではありません:むしろ「必要なルールを選び、守れる形に整える」行為です。
  • 軽ければ良いわけではありません:軽すぎると手戻りが増えます。重すぎると進みません。適量が鍵です。
  • 人に依存させることではありません:やり方を明文化し、誰が見ても同じ手順で動ける状態を目指します。

イメージを深める短い例

  • 短期間の告知キャンペーン:目標と日程が明確。進め方は「タスク一覧+毎朝5分の確認+終了後の一枚ふりかえり」で十分です。重い報告書は省きます。
  • 部門横断の新システム導入:関係者が多く影響範囲も広い。変更管理の手順、節目のレビュー、責任者の明確化、記録の整理を厚めに用意します。リスクの洗い出しと優先順位付けも合わせます。

しかし、どの例でも共通するのは「目的に役立つものは残し、そうでないものは削る」姿勢です。したがって、選んだ理由を短く残しておくと、途中で迷わず、周囲にも説明しやすくなります。

次章: なぜテーラリングが必要なのか?

なぜテーラリングが必要なのか?

前章の振り返り

前章では、テーラリングとは「プロジェクトの状況に合わせて、やり方や成果物を選び直すこと」であると説明しました。目的は、価値を高めつつ無駄を減らすことです。同じ方法を全員に当てはめるのではなく、目的・制約・リスク・関係者を見て最適な組み合わせを作る姿勢が本質でした。

一律適用の限界

標準プロセスは出発点として有用です。小規模な社内ツール開発と、厳格な審査がある大型案件で、同じ会議数や書類量を維持すると、前者では手間が増え、後者では抜け漏れが出ます。現場の実情に合わない手順は、速度を落とし、品質にも影響します。しかし、状況に合うよう手順と重さを調整すれば、必要十分な管理だけを残せます。

変化の激しいビジネス環境

要望の変化、技術の更新、関係者の入れ替わりなど、前提は動き続けます。固定化したやり方は、変化のスピードに追いつけません。したがって、節目ごとに「今の目的に合っているか」を見直し、優先度や作業の粒度を素早く変えられる設計が必要です。

バランスを取るための柔軟な最適化

テーラリングは、次の観点のバランス調整に力を発揮します。
- コスト削減: 必要な成果物に絞り、テンプレートや自動化を活用します。
- 納期短縮: 決裁経路を短くし、レビューの回数や範囲を目的に合わせて調整します。
- 品質向上: リスクが高い部分に試験やレビューを集中させます。
- 規制順守: 記録・承認・トレーサビリティを強化し、監査に耐える形に整えます。
- ステークホルダー満足: デモや共有の頻度を上げ、期待のズレを早期に潰します。

具体例
- 短納期の販促サイト: 週次の重い報告をやめ、毎日の短い進捗共有と即時決裁に切り替えます。
- 安全規制の厳しい装置改修: 設計変更点にチェックリストと二重承認を導入し、試験記録を標準より厚くします。
- 新規事業の探索: 詳細計画よりもプロトタイプとユーザー確認を重視し、学びを計画に反映します。

テーラリングがもたらす効果

  • 速さ: 重要でない作業を減らし、価値が出る作業に時間を使えます。
  • 集中: リスクや重要機能に人と時間を集められます。
  • 透明性: 目的に沿った指標だけを追い、状況が伝わりやすくなります。
  • 学習速度: 小さく試して早く学び、次の手を素早く決められます。
  • チームの納得感: 無駄が減ることで動機が高まり、責任感が育ちます。

テーラリングをしない場合のリスク

  • 形骸化: 書類や会議が目的から離れ、形だけが残ります。
  • 遅延とコスト超過: 実情に合わない手順が作業を圧迫します。
  • 品質のばらつき: 重要箇所への注力度が足りず、不具合や手戻りが増えます。
  • 監査不備: 規制や契約の要求を満たす証跡が不足します。
  • 関係者の不満: 期待と成果が噛み合わず、信頼を損ねます。

次章に記載するタイトル: テーラリングの主な対象

テーラリングの主な対象

前章の冒頭では、プロジェクトは一つひとつ条件が異なり、同じ型にはめるとムダや手戻りが増えること、目的に合う形へ調整することが成果と納期の両立につながることを示しました。この考えを受けて、本章では「どこをどう調整するのか」を具体的に整理します。

1. プロジェクト管理手法の選定(アジャイル、ウォーターフォールなど)

進め方そのものを選び直します。
- アジャイル:小さく作って試し、学びながら進めます。例)新しいスマホアプリの試作を2週間単位で出し、使い勝手を見て改良します。
- ウォーターフォール:工程を順番に固め、後戻りを減らします。例)法規や安全基準が厳しい設備導入で、要件→設計→試験→移行を段階的に進めます。
- ハイブリッド:基本はウォーターフォール、UIだけはアジャイルで試作する、のように組み合わせます。
手法を選ぶだけでなく、スプリントの長さ、レビューの頻度、要件を固定するタイミングなども調整します。リスクが高い部分は早めに小さく試し、影響が大きい決定は関係者と十分に合意します。したがって、手法選定は「何を早く確かめたいか」「どこで後戻りが効きにくいか」を軸に決めます。

2. プロセス・テンプレート・成果物の調整

やり方の手順書や書類の中身を、必要十分に整えます。
- テンプレートの項目を足す・減らす:たとえば小規模案件なら計画書を5ページに絞り、リスク表だけは詳しくします。逆に外部監査がある案件では、変更履歴や承認欄を増やします。
- 文書をまとめる・分ける:議事録と決定事項を1枚にまとめて検索しやすくする、詳しい設計は別冊にして更新を楽にする、などの工夫をします。
- 成果物の粒度と形式を変える:長文より図や一覧表を使う、1枚企画書で経営判断を促す、チェックリストで抜け漏れを防ぐ、といった形です。
- レポート頻度を調整する:週報では多すぎるなら隔週にする、逆に立ち上がり期だけ毎日にする、など情報の鮮度と手間のバランスを最適化します。
書類は多ければ安心に見えます。しかし実際は読む人がいない資料は負担になるだけです。「誰が使い、いつ意思決定に役立てるのか」を基準に削り、必要なところに厚みを持たせます。

3. チーム体制や関与度合いの調整(権限委譲や自律的なプロセス調整)

人の動き方と決め方をはっきりさせます。
- 権限の渡し方:現場で即断が必要なら、一定金額までの購買や軽微な仕様変更をリーダーがその場で決められるようにします。重要な判断だけを上位の承認に残します。
- 役割の明確化:「誰が最終決定するか」「誰に相談すべきか」を一枚の表で見える化します。迷いを減らし、対応を速めます。
- 関係者の関与:デイリーミーティングに全員を呼ぶ必要がないなら、担当者だけに絞ります。経営層はマイルストーン時に集中的に参加してもらうなど、時間の使い方を最適化します.
- チームの約束事:連絡手段(チャット/メール)、返信の目安時間、レビューの締切などを先に決め、迷わず動ける環境を作ります。
体制は固定ではありません。立ち上げ期は密に集まり、安定後は任せる、終盤は品質チェックを強める、と段階に合わせて切り替えます。

4. プロジェクトライフサイクルや方法論の調整(フェーズの省略・追加や成果物の最適化)

始まりから終わりまでの流れ自体を見直します。
- フェーズを追加する:不確実な技術があるなら、短い検証(PoC)フェーズを先に入れて早めに学びます。移行が難しいシステムなら、リハーサル日を別に設けます。
- フェーズを統合・簡略化する:小規模案件では、要件と基本設計を一体で進め、承認を1回にまとめてスピードを上げます。
- ゲート(合否判定)の基準を調整する:レビューで見る観点を絞る、重要リスクだけは必ずチェックする、など判定を明確にします。
- 成果物の最適化:初期は大きな全体図で合意を取り、詳細は後から詰める。終盤は引き継ぎ資料と運用手順を厚くする、といった強弱をつけます。
流れの調整は、品質・期間・コストのバランスを整える強力な手段です。リスクが偏る場合は、前半に確認ポイントを増やして早めに火種を見つけます。

テーラリングの実践ステップ

テーラリングの実践ステップ

前章のふりかえり

前章では、テーラリングの主な対象として「プロセス(進め方)」「成果物(計画書・報告書など)」「役割分担」「ツールや会議体」を紹介しました。状況に合わせて何を厚くし、何を簡略化するかを見極める視点が重要だとお伝えしました。本章では、その見極めを実際の手順に落として進め方を具体化します。


ステップ1:プロジェクト特性の見極め

まず、現状を短時間で整理します。次の観点を一枚にまとめると判断が速くなります。
- 規模:期間・人数・予算(例:3か月/4人/小規模)
- 重要度:失敗時の影響(例:社内限定か、顧客影響か)
- 目的と成功基準:何をもって成功か(例:サイト公開+問い合わせ10%増)
- チーム体制:経験度、専任/兼任、決裁の速さ
- 利害関係者:誰が何を気にするか(品質、コスト、スピードなど)
- 制約:期限、法規、使える技術やツール
- 依存関係:他部署・外部ベンダー・データ提供
- リスクの芽:要件が固まっていない、担当が少ない、季節要因 など

小さなテンプレート例(要点だけで十分です):
- ゴール/期限:
- 成功の指標:
- 決められない点:
- 変化しやすい点:
- 重大リスクと初期対策:

ステップ2:適切なアプローチ選択(アジャイル/ウォーターフォール/併用)

特性に合わせて進め方を選びます。
- アジャイル向き:変化が多い、まず試して学びたい場合。例)2週間ごとに動くものを見せて意見を集める。
- ウォーターフォール向き:要件が安定、承認手続きが厳格な場合。例)設計→実装→テストを段階的に完了させる。
- 併用(ハイブリッド):前半は試作で学び、後半は手順を固めて品質を上げる。例)画面デザインは短いサイクルで確認し、基盤づくりは計画に沿って進める。

判断の目安:
- 変化の大きさ×期限の厳しさ×失敗時の影響を並べて比較します。
- 迷ったら「小さく作って早く見せる」部分を最低1つ入れます。

ステップ3:組織標準とのすり合わせ

会社や部門の標準(手順書・ゲート・テンプレート・ツール)を踏まえ、必須と任意を仕分けします。
- 必須:外せない審査や提出物(例:セキュリティレビュー、予算申請書)
- 任意:目的に沿えば形式を変えてよいもの(例:週次報告のフォーマット)
- 承認者:誰が何を承認するかを明確化

「テーラリング方針メモ」に残します。
- 標準のどれを使うか/簡略化するか/置き換えるか
- 置き換え時の理由(目的とのつながり)
- 関係者の合意と日付

ステップ4:実務プロセスへの落とし込み

日々の動きに落として、誰がいつ何を出すかを決めます。
- 会議体:
- 朝会10分(進捗と障害の共有)
- 週次レビュー30分(出来上がったものを見て判断)
- 月次ゲート(品質・予算・リスクの見直し)
- 作業の見える化:
- カンバン(To Do/進行中/完了)またはタスクリスト
- 期日と担当をカードに明記
- 成果物の最小セット:
- 目的・スコープ一枚、スケジュール表、リスク一覧、変更記録、進捗サマリ
- 詳細な計画書が重い場合は、スライド3~5枚に要点を集約
- 役割分担:
- 依頼窓口、決裁者、技術担当、品質確認、顧客対応を明確化
- 「完了の条件」の定義:
- 例)画面Aは「主要ブラウザで表示ずれなし/操作手順書あり/担当外1名が5分で使える」を満たしたら完了

運用ルールの例:
- ファイル名とフォルダ構成を統一(例:日付_版数_概要)
- チャットは質問・決定・雑談をタグ分け
- 緊急時は電話→チャット→タスク登録の順で対応

ステップ5:継続的な見直し・改善

定期的に立ち止まり、小さく調整します。
- タイミング:毎週の振り返り、節目ごとのレビュー
- きっかけ:期限変更、人数の増減、外部規制の変更、品質問題の発生、顧客方針の転換
- 見る指標:進捗率、手戻り件数、問い合わせ数、欠陥の再発率
- 変更の扱い:
- 変更ログに記録(何を、なぜ、影響、合意者)
- まずは小規模で試す→効果が出れば標準化→効果が弱ければ元に戻す

小さな通し例(社内サイト刷新・3か月・4人)

  1. 特性の見極め:期限固定、要件の一部が曖昧、セキュリティ審査は必須。
  2. 進め方:前半6週間は画面と検索機能を短サイクルで試作。後半はデータ移行を計画通りに実施。
  3. 標準とのすり合わせ:週次報告は社内標準の様式を踏襲。設計書は要点スライドに置き換え、承認を取得。
  4. 落とし込み:朝会10分、週次レビュー30分、月次ゲート。成果物は目的一枚、スケジュール表、リスク一覧、変更ログ。
  5. 見直し:初回レビューで画像読み込みが遅いと判明。次の2週間は性能改善を最優先に切り替え、以降は元の計画に復帰。

次の章に記載するタイトル:テーラリングの具体例

テーラリングの具体例

前章では、目的と制約を確認し、対象を選び、軽重を決め、関係者で合意し、運用と振り返りまでの進め方を整理しました。ここでは、その流れを具体的な場面に当てはめて解説します。

小規模プロジェクトの例(2〜5人・期間3か月)

前提:小さな新機能追加やランディングページ制作のように、関わる人が少なく、意思決定が早い仕事です。

  • 文書を薄くする
  • 1ページ計画書(目的・範囲・ざっくりスケジュール・責任者)
  • 課題と進捗はカンバン(カードで進捗を見える化する板)で管理
  • 議事録は「決めたこと・依頼事項・期限」だけ
  • 会議を短くする
  • 毎朝15分の進捗確認、週1回30分のレビュー
  • 範囲管理をシンプルにする
  • TODOリストと「完了の定義」を共有(例:動作する・レビュー済み・説明資料更新済み)
  • リスクは上位3つだけ明示し、毎週見直す
  • 承認は口頭+チャット記録で済ませる(誰がいつOKしたかだけ残す)

効果:決定が早まり、作業時間を最大化できます。注意点として、情報が散らばらないように「見る場所は1つ」に統一します。

大規模・高リスクの例(50人規模・1年・規制が厳しい領域)

前提:金融や医療のようにミスが許されない領域で、関係者が多い状況です。

  • 標準手順を厳格に適用する
  • 変更管理(変更の理由・影響・承認者を必ず記録)
  • 品質ゲート(区切りごとに合格判定をする会議)を設定
  • 追加レビューを設ける
  • アーキテクチャレビュー(全体の作りが妥当か)
  • セキュリティレビュー、外部の第三者テスト
  • 文書と証跡を充実させる
  • 設計書、試験計画、決定記録を版管理
  • トレーサビリティ(要件とテストを結びつけて追える状態)を維持
  • リスク管理を数値で行う
  • 発生確率と影響度で優先度を決め、エスカレーションの経路を明確化
  • 会議体を整える
  • ゲートレビュー、月2回の経営向け報告、週次の問題管理会議

具体例:決済システムで性能要件が厳しい場合、性能テスト計画を前倒しし、監査用の測定方法と保存ルールを先に固めます。重くなりがちなため、影響が大きい領域(セキュリティ、データ整合、決済)に重点を置き、低リスク部分は薄くします。

既存システムの再構築(リプレース)

前提:業務は変えずに、技術基盤だけを新しくします。

  • 上流工程の一部を省略する
  • 業務要件は現行を基本とし、差分だけを整理
  • 画面や帳票は現行踏襲を明示
  • 代わりに現行調査を強化する
  • 構成図、依存関係、既知の不具合リスト、夜間バッチの実行時間などを見える化
  • 性能の基準値(ベースライン)を先に測る
  • テストは回帰重視にする
  • 「今できていることが新環境でも同じように動くか」を優先
  • 差分箇所は重点テスト
  • 典型的なリスクと対策
  • 隠れた仕様やブラックボックス化 → プロトタイプで早期に触って確認
  • 一気通貫の切替が危険 → 段階移行や並行稼働で安全策

具体例:画面は見た目を踏襲する方針にしつつ、UIガイドラインの差分だけ事前に確認します。夜間バッチは負荷テストを追加し、移行後のピーク時間を想定して検証します。

PMBOK準拠の管理ツールを選んで組み合わせる

前提:ツール自体は共通ですが、使う機能だけを選んで軽重を調整します。

  • よく使う機能
  • 課題・チケット管理、WBSやガント(作業の分解と日程表)、リスク登録簿、変更記録、品質チェックリスト、連絡計画、関係者管理
  • 小規模向けの組み合わせ
  • カンバン1枚に「今週の作業・ブロッカー(止まり要因)・完了条件」列のみ
  • リスクはカンバンに1列追加、週1で見直し
  • ダッシュボードは「期限切れ0・重要課題一覧」の2つだけ
  • 大規模向けの組み合わせ
  • ガント+リソース計画で負荷を可視化
  • 変更は承認フローを必須化、リスクはマトリクス表示、品質はゲートごとのチェック項目をテンプレ化
  • ベンダー別の進捗と品質レポートを自動集計
  • 選定の順序
  • 目的を一言で定める → 必須機能を決める → あれば便利機能は後回し → テンプレから不要項目を消す

迷ったときの判断軸(実務で使える目安)

  • 変更頻度が高い → 手順は軽く、レビューの頻度を上げる
  • 規制・監査が強い → 証跡を厚く、承認者を明確にする
  • 関係者が多い → 可視化と決定記録を丁寧にする
  • 外部依存が多い → インターフェース仕様と合意のログを最優先で残す
  • 期間が長い → マイルストーンとゲートを設置し、途中で方針を見直す

最低限の持ち物リスト(どの規模でも共通)

  • 1ページ計画(目的・範囲・体制・粗い日程)
  • 決定記録(誰が/いつ/何を決めたか)
  • リスクTop3と対策
  • 作業の見える化(カンバンや簡易ガント)

次の章に記載するタイトル:テーラリングの注意点・成功のコツ

テーラリングの注意点・成功のコツ

前章では、現場の状況に合わせて手順を削るだけでなく、レビューの観点を増やす、報告の形を変えるなど、具体例を通じて工夫の仕方を紹介しました。規模やリスクに応じて「足す・変える・やめる」を組み合わせる大切さを確認しました。ここでは、実践で失敗しにくくする注意点と成功のコツをまとめます。

省略だけがテーラリングではありません

テーラリングは「削ること」だけを指しません。目的に近づくために、必要なら加えたり入れ替えたりします。
- 品質を守るために、テスト観点の簡易シートを“追加”する。
- 進捗メールをやめ、共有ボードで“見える化”に“置き換える”。
- リスクが高い工程だけ、短い振り返りミーティングを“新設”する。
目的を明確にして、効果が出る最小限の変更から試します。

チームと相談しながら、短いサイクルで確かめます

トップダウンだけで決めると、机上の空論になりがちです。次の流れで小さく始めます。
1) 目的を一文で言語化します(例:手戻りを減らす)。
2) 現状の困りごとを出し切ります。
3) 2〜3案に絞り、まずは“短い期間”だけ試します。
4) 効果を測る指標(遅延や不具合件数など)を決めます。
5) 結果を見て、続ける・直す・やめるを判断します。
したがって、合意形成と検証を同時に進める運びになります。

権限委譲と最低限の統制を両立します

自由度が高すぎるとバラバラになり、縛りすぎると動けません。次の3区分で整理します。
- 現場が決めてよいこと:日々のやり方、会議の頻度、道具選びなど。
- 要報告:コストや納期に影響する変更、優先度の付け替えなど。
- 要承認:契約や法令に関わること、大きな方針転換など。
具体例として、金額・日数・品質指標の“しきい値”をあらかじめ決め、越える場合だけ報告や承認にします。判断の基準を一枚にまとめ、全員が見られる場所に置きます。

組織の品質基準や規制は守ります

変えてはいけないものと、工夫してよいものを分けます。
- 変えてはいけないもの:法令で定められた記録、個人情報の扱い、監査で必要なログなど。
- 工夫してよいもの:書式やテンプレート、会議体の名称や回し方、レビューの頻度など。
守る理由をセットで説明すると、現場も納得して実行しやすくなります。

テーラリング結果を記録して、学びを回します

記録は長文でなくて構いません。次の5点を一枚に残します。
- ねらい:なぜ変えたのか。
- 変更点:何を足した・変えた・やめたのか。
- 使った資料:テンプレやチェックリストの場所。
- 効果:良かった点・副作用。
- 学び:次回の改善案。
記録はチームの共有スペースに置き、見出しに日付とキーワードを入れます。次の案件では、そのまま“再利用”して手間を減らします。

よくある失敗と、その回避策

  • 目的があいまいなまま省略する → 目的を先に一文で定義します。
  • ルールが増えすぎて身動きが取れない → 最小限の必須事項に絞り、残りはガイドにします。
  • 現場不在で決める → 日々の実務者を必ずメンバーに含めます。
  • 一度決めたら固定する → 見直し日を決め、続ける・直す・やめるを宣言します。
  • 記録を残さない → 5分で書ける“ワンペーパー”方式にします。

実践チェックリスト(持ち歩ける要点)

  • 目的は一文で言えますか?
  • 変えてよい/いけないの線引きは明確ですか?
  • 誰が決め、誰に報告・承認しますか?
  • 効果を測る指標は決めていますか?
  • どこに共有・記録しますか?
  • 次の見直し日はいつですか?

PMBOKにおけるテーラリング

PMBOKにおけるテーラリング

前章の振り返り

前章では、テーラリングを安全に成功させるコツを整理しました。目的をはっきり言語化し、関係者と合意を取り、やり過ぎ・やらなさ過ぎを避けます。小さく試して学び、変更理由を記録し、定期的に見直す姿勢が大切という内容でした。

PMBOKでの位置づけ(第6版と第7版)

  • 第6版:各知識エリアの冒頭で「自分のプロジェクトに合わせて調整する観点」を提示しています。必要なプロセスは採用し、不要なら省き、足りないものは追加する方針が明確です。
  • 第7版:専用章を設け、テーラリングを“前提のやり方”として強調します。手順の暗記よりも「価値を最大化するために、状況に合わせて方法を選ぶ」考え方を中心に据えています。

一言で言えば、PMBOKは「一律の正解はない。状況に応じて最適化し、価値を最大化する」ことを標準としています。

PMBOKが示す基本の流れ

PMBOKは細かな言い回しは版で異なりますが、流れはおおむね共通です。
1. 背景を理解する:プロダクトの性質、規模、納期、法規制、社内ルール、チームの成熟度を洗い出します。
2. 進め方を選ぶ:予測型(計画を固める)、適応型(こまめに見直す)、またはハイブリッドを選びます。
3. 必要な実務を選択・調整する:例)計画書は1枚サマリーで足りるか、レビュー会議は週1で十分か、品質チェックはどこで入れるか。
4. 根拠を記録する:なぜ採用・削減・追加したかを短くメモ化します。
5. 定期的に見直す:節目ごとに「今のやり方で価値は最大か」を確認し、必要なら調整します。

第7版の視点:原則と価値重視

第7版は「手順」より「原則」を重視します。現場では次の問いが役立ちます。
- 顧客やユーザーにとって本当に価値が高いのはどこか?
- その価値を早く、安全に届けるために、今のやり方は適切か?
- 説明責任を果たせる最小限の計画・記録・レビューになっているか?

この視点に立つと、書類を増やすことが目的化しにくくなり、必要なところに時間を集中できます。

具体例:PMBOKに沿った軽量テーラリング

  • 小規模の社内ツール開発:計画書は1~2ページの要点メモにします。短いスプリントで機能単位に見せ、週次のレビューで方向性を合わせます。リスクは簡易リストで十分にし、変更理由はチケットに残します。
  • 大規模な外部向けシステム:要件と品質基準を丁寧に固めます。設計レビューやテスト計画は段階ごとに設け、法規制や監査の証跡を確実に残します。その一方で、試験的な部分は小さく分けて早めに実物を確認します。

どちらも「価値を早く確実に届ける」ことを軸に、必要な実務を足し引きします。

チェックリスト(迷ったとき)

  • 価値:この作業は顧客や事業にどんな価値を生むか。
  • リスク:やらないと何が起こるか。頻度と影響はどの程度か。
  • コスト:作業にかかる手間は価値に見合うか。
  • 透明性:関係者に説明できる根拠が残っているか。
  • 適応性:状況が変わったら、すぐ調整できる設計か。

実務への落とし込み方

1回で完璧を目指さず、次の単位で試すと定着しやすいです。
- 次のフェーズから1~2項目だけ軽くする/強くする
- 変更理由と結果を簡単に記録
- 節目レビューで効果を確認し、次の改善を決める

PMBOKは「賢く選ぶこと」を後押しする指針です。自分の現場に合わせて、根拠を持って調整し、価値を最大化していきましょう。

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