目次
はじめに
ナラティブアプローチは、相談者やクライエントの「語り」や「物語」に注目する支援の方法です。人が自分の経験をどう話すかに耳を傾け、その人の価値観や意味づけを尊重しながら対話を進めます。問題をその人自身と切り離して考える「外在化」を行い、新しい見方を共に作ることで、変化を促します。
なぜ大切か
語りは経験を整理し、行動につながる力を持ちます。本人の言葉を大事にすると、自分で気づきや選択肢を見つけやすくなります。医療、教育、ビジネスやカウンセリングなど、立場を問わず応用できます。
主な考え方と具体例
- 外在化:問題を本人から切り離して扱います。たとえば「不安」が強い場合、「不安さん」として話すと、対処法を考えやすくなります。
- 語りの尊重:どう語るかに価値があり、問いかけで深めます。
- 共に構築:相談者と支援者が新しい見方を一緒に作ります。例として、過去のうまくいった場面を掘り下げ、可能性を広げます。
この章では、基本の考え方と適用分野のイメージをつかんでください。次章で、手順を具体的に説明します。
ナラティブアプローチとは何か
定義
ナラティブアプローチは、相談者が語る物語(ナラティブ)に注目し、その人の経験や価値観を尊重して対話を進める支援法です。問題そのものを個人の一部とみなさず、語られる物語を通して理解します。
基本概念
- ドミナントストーリー:相談者が自分について繰り返し語る主要な物語です(例:「私はいつも失敗する」)。
- 外在化:問題を本人から切り離して表現します(「失敗感」として話す)。これにより相談者は問題に向き合いやすくなります。
- オルタナティブストーリー:問題とは異なる、別の可能性を探す語り直しです。小さな成功や例外を重ねて新しい物語を作ります。
具体例と応用分野
たとえば「いつも怒ってしまう」と語る人に対し、怒りを外在化して原因や例外を一緒に探します。医療では患者の生活歴理解、教育では子どもの自己概念づくり、ビジネスでは組織文化の再構築に使われます。
実践で大切なこと
丁寧に傾聴し、問いかけを通して相談者と協働します。解釈を押し付けず、文化や背景を尊重することが重要です。
ナラティブアプローチの基本手順
ナラティブアプローチでは、相談者の物語を丁寧に扱うことで新しい見方を生み出します。以下は実際の進め方の基本手順です。
1. ドミナントストーリーを聞く
まず相談者の語る主要な物語をじっくり聴きます。事実だけでなく、感じていることや大切にしている価値も含めて受け止めるとよいです。開かれた質問例:「そのとき何を感じましたか?」
2. 問題を外在化する
問題を「人」ではなく「状態」や「力」として分けて扱います。例:「不安が強くなる」ではなく「不安が訪れている」と表現すると、相談者が対峙しやすくなります。ラベリングを避けることがポイントです。
3. 反省的・多角的な質問をする
一つの見方に固執せず、別の角度から問い直します。例えば「それはいつ始まりましたか」「そのとき別の反応はできましたか?」などです。質問は短く具体的にすると答えやすくなります。
4. 例外的・ユニークな結果を探す
問題が支配しなかった瞬間や小さな成功を探します。たとえ一度でも違う行動があれば、それを掘り下げて強調します。成功体験は新しい物語の種になります。
5. オルタナティブストーリーを構築する
集めた証拠をもとに、相談者と一緒に別の物語を描きます。現実的で実行可能な変化に焦点を当て、具体的な次の一歩を決めます。振り返りの時間を設けて、変化が続くよう支援してください。
具体的なナラティブアプローチの事例
医療・介護
高齢患者に人生や希望を語ってもらい、その物語をケア計画に反映します。たとえば孤立感や不安を抱える方が、過去の役割や大切な習慣を話すことでスタッフが日常の工夫を見つけ、生活の質が向上した事例があります。実践のコツは聞き取りを定期的に行い、家族と共有して小さな目標に落とし込むことです。
相談援助(軽度認知症の事例)
介護サービスを拒否して孤立していた高齢女性に、支援者が傾聴して過去の出来事や気持ちの流れを引き出しました。話すことで本人が心の整理を進め、新しい選択肢(短時間サービスの試行や趣味グループの紹介)に同意した例があります。実務では批判を避け、開かれた質問で選択肢を提示すると効果的です。
職場(人間関係)
「部下に嫌われている」と悩む上司に自身のストーリーを語ってもらい、例外的な良い関係の場面を探します。例外を見つけることで自己認識が変わり、小さな行動実験(感謝を伝える・短い相談時間を設ける)に取り組めるようになります。具体的な事実に基づいて振り返る点が重要です。
マーケティング
企業が消費者の声や理念を物語として発信すると共感が生まれます。スバルやパタゴニアのように、実際のユーザー体験や企業の信念をストーリー化して届けるとブランド価値が高まりました。現場では顧客の実例を収集し、真実味のある形で伝えることを心がけます。
教育
コスタリカの人生紙芝居は、移民家庭の経験を紙芝居にして学校や地域で共有しました。制作過程で自分の経験を整理し、他者と交流する機会が生まれた事例です。授業で行う際は参加者自身に物語を作らせ、視覚素材を用いると発表しやすくなります。
ナラティブアプローチの効果・メリット
自己理解の深化と問題の再解釈
ナラティブは相談者が自分の経験を言葉にすることで、出来事の意味を再構築させます。単なる症状説明ではなく、出来事の背景や価値観を見つめ直すため、問題が一面的でなく多面的に理解できます。例えば、失敗体験を“自分の無能さ”と捉えていた人が、過去の努力や学びの文脈で再解釈することがあります。
信頼関係と主体性の促進
支援者が無知の姿勢で問いを立てると、相談者は自分の物語を自由に語りやすくなります。相手の語りを尊重することで相互信頼が生まれ、相談者の主体性が育ちます。面接では助言より探索を優先するだけで、当事者の選択や行動が変わることが多いです。
臨床・支援現場での具体的効果
症状の軽減やセルフケア行動の増加、対人関係の改善といった成果が報告されています。ナラティブはラベリングを避け、個人の強みや資源に注目するため、スティグマの軽減にもつながります。短期的な対処だけでなく、長期的な回復力(レジリエンス)を高めます。
ビジネスへの応用と組織的効果
顧客や社員の物語に耳を傾けると、共感に基づくブランド価値が生まれます。商品開発やサービス改善では、ユーザーが語る具体的な経験がアイデアの源泉になります。組織内では多様な視点を尊重する文化が育ち、エンゲージメントやイノベーションを促進します。
実践のポイント(注意点)
効果を引き出すには時間と適切な聞き方が必要です。表面的な会話に留まると再解釈にはつながりません。支援者は先入観を控え、丁寧な傾聴と共に具体的な質問で語りを深めてください。
まとめと活用ポイント
- 要点の整理
ナラティブアプローチは語りを通じて相手の経験や意味を引き出す対話法です。聞き手は先入観を避け、共感的に問いかけることで新しい気づきを促します。医療・介護・教育・職場など幅広く応用できます。
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活用の具体的ポイント
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傾聴を優先する:話を遮らず、短い相槌で続きを促します。
- 開かれた質問を使う:「どう感じましたか」「それはいつからですか」などを尋ねます。
- 相手の言葉を返す:表現を繰り返して意味を確認します。
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小さな変化に注目する:些細な気づきが次の一歩になります。
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ケース別のヒント
・医療・介護:症状だけでなく生活史や価値観を探ると支援が具体化します。
・教育:学習の背景にある不安や成功体験を聴くと指導が変わります。
・職場:対立や課題を個々の物語から紐解くと協力の糸口が見えます。
- 実践での注意点
信頼関係を丁寧に築いてください。評価や指示に偏ると語りが閉ざされます。時間の制約がある場面ではフォローアップの機会を設けると安心感が生まれます。
ナラティブアプローチは特別なテクニックよりも姿勢が大切です。日常の会話に取り入れることで、小さな気づきが積み重なり大きな変化につながります。