目次
はじめに
背景
心臓ペースメーカーは、不整脈や脈の遅れを治療する重要な医療機器です。ペースメーカーが作動すると心電図に特有の“ペーシング波形”が現れます。本書では、その波形の見方と実践的なポイントをわかりやすく解説します。
対象読者
医療従事者、心電図を学ぶ学生、ペースメーカー患者のケアに携わる看護師や介護職の方を想定しています。専門用語はできるだけ抑え、臨床で役立つ実践的知識を優先します。
この記事で学べること
- ペーシング波形の基本的な見え方
- ペースメーカーの種類やモードが波形に与える影響(基礎)
- 正常と異常の見分け方の考え方
読み方のポイント
図や実際の心電図例を見ながら読むと理解が早まります。まずは波形の“尖った線”や出現タイミングに注目してください。段階を追って解説しますので、順に読み進めてください。
注意点
ここでの説明は基本的な理解を目的としています。個別の臨床判断や治療は担当医の指示に従ってください。
ペースメーカーとは?心電図に現れるペーシング波形の基本
基本的な役割と仕組み
ペースメーカーは、心臓の電気信号が弱い・乱れるときに人工的に刺激を送り、拍動を補助する機器です。刺激はリード線を通って心房や心室に届き、正常なリズムを保ちます。日常的に使われる医療機器で、生活の質を維持する役割があります。
心電図での見え方(ペーシングスパイク)
心電図上では、ペースメーカーからの刺激が「ペーシングスパイク」として現れます。見た目は非常に細い垂直の線で、普段のP波やQRS波の直前に出ることが多いです。心房ペーシングならP波の前、心室ペーシングならQRS波の前にスパイクが見えます。
スパイクの特徴と実例
規格上は幅が0.1~2.0ms、振幅は±2.0~±700mVで検出されます。実際のモニターでは細く短く見えるため、拡大表示や高速紙幅で確認すると判別しやすいです。例えば心室ペーシングでは幅の広いQRSがスパイクの直後に続ります。
観察での注意点
スパイクが小さいと見逃すことがあります。リードや接続不良でスパイクが乱れることもあるため、タイミング(波の直前かどうか)と波形の変化を合わせて判断してください。
ペースメーカーの種類と波形の違い
モード表記の見方(例:AAI、VVI、DDD)
モードは頭文字で示します。Aは心房、Vは心室、Dは両方、Oは刺激なしを意味します。例えば“VVI”は心室だけ刺激し(V)、感知して(V)、抑制する(I)モードです。心電図ではスパイクの後に出る波形で部位が分かります。心房ペーシングならスパイクの後にP波、心室ペーシングならスパイクの後にQRS波が続きます。
部位ごとの典型的な波形
・右室心尖部(RV apex):QRSは左脚ブロック(LBBB)に似た形になり、I誘導で陽性になりやすく、心軸が上方に偏ります。波は幅が広くなります。
・心房ペーシング:P波が人工的に出現し、形が自然のP波と異なります。
・二腔(デュアル)ペーシング:P波とQRSの両方にスパイクが見えます。
刺激伝導系ペーシング(CSP)やLBBAPの特徴
これらは心内の伝導路を直接刺激します。V1誘導でQRS終末部にR波が出ることが多く、QRS幅が比較的狭いです。外側の右室ペーシングと比べて自然な順序の伝導に近づきます。臨床では波形がより“生理的”に見えるのが特徴です。
見分けるポイント(実践)
- スパイクの直後に何が出るかを見る(P波かQRSか)。
- QRSの幅と形を比較する(広くてLBBB型か、比較的狭いか)。
- V1やI誘導の特徴を確認する(終末R波やI誘導の陽性)。
- モード表示(機器設定)と照合する。
以上を組み合わせて判断すると波形の種類を特定しやすくなります。
ペーシングとセンシングのしくみ・異常波形の見分け方
ペーシングとセンシングの基本
ペースメーカーは心臓の“自分の電気”を常に監視(センシング)し、自己の波がなければ電気信号(ペーシング)を出します。心電図ではペーシングスパイクの直後にP波(心房)やQRS波(心室)が続けば正常なキャプチャ(成功)です。
異常波形の種類と見分け方
- キャプチャ不全:スパイクはあるのにP波やQRSが出ない。リードの接触不良や出力不足が原因です。心電図でスパイクと心拍の連動が途絶えているかを確認します。
- 出力不全:スパイク自体がほとんど見えない。電池や出力設定、リード断裂の可能性があります。
- センシング不全(アンダーセンシング):自己の波があるのにペースメーカーが感知せず、不必要なスパイクが出る。逆に過敏で不要に抑制する過センシングもあります。
- フュージョン/疑似フュージョン:自己とペーシングが重なると波形が変わるため判別が必要です。
心電図での確認ポイント
- スパイクの直後に対応波があるか見る。ないならキャプチャ不全。2. スパイクが見えない場合は出力不全を疑う。3. 自己波があるのにスパイクが出るならセンシング不全。リード位置や設定、電池状態を合わせて確認します。
日常でのチェックと注意点
胸部の打撲や磁気の近接で問題が出ることがあります。異常が疑われれば速やかに専門医での器械チェック(プログラマー確認)を受けてください。
ペーシング波形の実際と波形変化のポイント
基本の見方
ペーシングでは「スパイク(ペーシングアーティファクト)」が鍵です。心房ペーシングならP波の直前、心室ペーシングならQRSの直前に小さな鋭い波が出ます。スパイクが見えない場合もあり、そのときは他の誘導で確認します。
心房ペーシングの特徴
スパイクの直後にP波が出現します。P波の形や向き(極性)が普段の洞調律と異なることが多く、心房のどの部位を刺激しているかで波形が変わります。例:右上大静脈近くのペーシングではP波がやや異所性に見えます。
心室ペーシングの特徴
スパイクの直後に幅の広いQRSが続きます。刺激部位で形が変わります。右心室手帳(RV)付近だと左脚ブロック様の広いQRSになり、逆に左室側や冠静脈からの刺激ではR波が前胸部誘導(V1)に出やすいです。心室コンダクションシステム(CSP)を使うとQRSは比較的狭く、V1にR波が見えることがあります。
波形変化の見分け方(実践ポイント)
1) スパイクの有無とタイミングを確認します。
2) スパイク後に期待する波が出るか(P波やQRS)を見ます。出なければ失捕捉の疑いです。
3) 波の幅と極性を比べて、ペーシング部位や相互作用(フュージョン、擬似フュージョン)を考えます。
4) スパイクが見えない場合は、双極リードやモニタのフィルタの影響を疑い、他誘導で確認します。
モニター上の注意点
多くのペースメーカーは自己脈があると発脈を抑える設定(需要型)です。そのため移植後のモニターで常にスパイクが出るわけではありません。またスパイクは小さいため画面表示やフィルタで消失することがあります。
異常のサイン
・スパイクはあるが対応するP波・QRSがない→失捕捉(要点検)
・波形が混ざって不規則→フュージョンや擬似フュージョンの可能性
・急なQRS形態の変化→リード位置や設定変化、電気的問題を疑います。
ペースメーカー異常時の対応と波形からの判別
1) 初期の確認と安全確保
患者さんの意識・脈拍・血圧をまず確認します。ベッドサイドで心電図モニターをつなぎ、ペーシングスパイクの有無とその後の心室・心房の反応(捕捉=capture)を確認します。外傷や創部の発赤・疼痛があれば感染やリード抜去の可能性を考えます。
2) 波形から読み取るポイント
- ペーシングスパイクが消失:リード断線や接続不良、電池消耗の可能性があります。
- スパイクはあるが捕捉しない(出力不足):電池低下、しきい値上昇、リード離脱が疑われます。
- 不規則なノイズや連続スパイク:絶縁破損によるリークや外部ノイズの混入を疑います。
- 過度の抑制(ペーシング停止):心房細動などで誤認識している場合があります。具体例として体外式ペースメーカーでは誤検出でP波をペーシング停止することがあります。
3) 検査と対応の流れ
- 外部からのチェック:リード接続確認、皮膚上のリードや創部の観察
- 装置解析(プログラマー):インピーダンス・電池残量・イベントログ確認
- 画像検査:胸部レントゲンでリード位置と断線の有無を評価
- 応急処置:血行動態不安定なら体外ペーシングや一時的なペーシングを検討します。電解質異常があれば補正します。
4) 原因別の判別の目安
- リード断線:インピーダンス上昇、完全断線ならペーシング不可
- 絶縁損傷(リーク):インピーダンス低下、ノイズ出現
- 電池消耗:徐々に出力低下や捕捉不良、診療機器で電池残量低下と表示
- 外的要因:周囲の強い磁場や機器からのノイズで一時的に誤動作
5) いつ専門チームへ連絡するか
装置解析で原因がはっきりしない場合、胸部画像でリード異常が疑われる場合、または血行動態が不安定な場合は速やかにペースメーカー専門医やペースメーカー管理チームへ連絡してください。担当医と連携して安全に対処します。
心電図でよくみられる波形例と診断のポイント
移動性ペースメーカー(wandering pacemaker)
- 波形の特徴:P波の形や向きが周期的に変わります。洞結節と異所性の小さな刺激部位が交互に働くため、同一誘導で2種類以上のP波が見られます。心拍数は比較的安定〜やや変動します。
- 診断のポイント:P波の形を誘導ごとに比較します。もしP波の極性や幅が周期的に変わるなら移動性ペースメーカーを疑います。安静時や深呼吸で変化が増すことが多く、症状が軽い場合は経過観察で良いことが多いです。
完全房室ブロック(complete AV block)
- 波形の特徴:P波とQRS波が無関係に出現します(PとQRSの間隔が一定で同期しない)。心室は副伝導系でゆっくり拍を作るため、心拍数が遅くなることが多いです。
- 診断のポイント:P波とQRSの関係を観察します。Pが規則的でもQRSが別周期で来る場合、完全房室ブロックを強く疑います。遅い心拍でめまいや失神があれば速やかにペースメーカーを検討します。
実務上の注意点
- 複数誘導で確認する:誤認を避けるため必ず複数誘導で波形を比較します。
- 臨床症状との一致を見る:波形だけで判断せず、めまい・失神・息切れの有無を確認します。
- 必要時の対応:症状が重ければペースメーカー植込みが必要です。軽症なら観察や薬の調整で様子を見ます。
これらの観察ポイントを押さえると、現場で迅速に波形を読み取りやすくなります。
まとめ:ペースメーカー波形の見分け方とケアの実践
第一に、心電図では「ペーシングスパイクの位置」と、その直後に続くP波やQRS波を必ず確認します。例えばスパイクの直後にQRSが続けば心室捕捉、P波が続けば心房捕捉と判断できます。捕捉がないときは非捕捉(ノンキャプチャ)を疑います。
異常を見つけたら、ペースメーカー本体、リードの位置・断線、設定(出力や感度)、そして患者の電解質・薬剤や心筋状態を総合的に評価します。植え込み直後は刺激閾値が上がりやすく、しばらく観察しながら出力を調整することが大切です。具体的には心電図再確認、装置のプログラムチェック、胸部X線でリード位置確認、必要なら閾値測定を行います。
患者へのケアとしては創部の清潔保持、重いものを持たない・腕の過度な挙上を避ける、発熱や著明なめまい・失神があれば受診を促すことが重要です。定期的なフォローと装置チェックを行えば、早期に問題を発見して対応できます。日常では心電図のスパイク位置と直後の波形を見れば、多くの異常を初期診断できますので、まずその確認を習慣にしてください。